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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
小春の家を後にして、ほどなくした頃…前からすらりと背の高い男がやってくるのが見えた。
鬼塚は一瞬立ち止まった。

…岩倉だ…。
男も鬼塚に気づき、人当たりの良い微笑みを浮かべながら近づいてきた。
「徹さん、今日も送り迎えいただいて、ありがとうございます」
「いいや、礼を言われるほどのことではない」

鬼塚は岩倉を見る。
…背丈は鬼塚と同じくらいだ。
まだ周りは食うや食わずで服装などに構ってはいられない人々が大半なのに、仕立ての良いシャツやジャケット、洒落た色合いのネクタイを締めている。
眼鏡を掛けた端正な貌立ち…なにより全てに清潔感がある容姿や様子がいかにも医師らしかった。

美男子で知的で裕福で家柄も良いのに偉ぶらない…岩倉は鬼塚から見ても信頼に足る男であった。

「…よろしければ、私の研究室でお茶でもいかがですか?徹さんとお話したいことがあるのです」
柔らかな物腰のまま、岩倉は切り出した。

…研究室でわざわざ…?
鬼塚は眉を顰めた。

「せっかくだが、俺はもう失礼する。
あんたも早く奥さんと子どものところに帰ったほうがいい」
素っ気なく答え、擦れ違おうとする鬼塚に穏やかだが凛とした意志が感じられる声が飛んだ。

「お待ちください。鬼塚徹さん」

鬼塚は思わず振り返った。
岩倉の眼鏡の奥の理知的な瞳が、驚くほどの強さで鬼塚を見つめていた。

男は物静かな微笑を口元に浮かべたまま続けた。
「…笙子さんの…いや、小春さんの兄上で元憲兵隊少佐の鬼塚徹さん。
…貴方に折り入ってお話があるのです。
どうぞ私の研究室に…」


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