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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
岩倉の研究室は夥しいドイツ語の医学書に囲まれた、いかにも医学博士らしい部屋だった。
古い中にも味がある飴色の本棚や机や椅子…来客用らしき使い込んだチョコレート色の革張りのソファが置かれていて、簡素ながらも品の良い落ち着いた室内であった。

岩倉は鬼塚をそのソファに掛けるよう勧め、薫り高い紅茶を淹れた。
「本ばかりで雑然としているでしょう?
再来週に論文の締め切りがあるので、てんやわんやですよ。散らかっていて申し訳ありません」
人当たりの良い笑顔は相変わらずだ。

鬼塚は覚悟を決めた。
「…いつから気づいていた?…というか、あんたはどこまで俺のことを知っている?」

渋い古伊万里の茶器に淹れた紅茶を勧めながら、岩倉は鬼塚の前に座った。
「最初は全く気付きませんでした。
…私が笙子さんのお兄さんについて知っていることは、一ノ瀬の…笙子さんの養父母ですが…一ノ瀬のご両親から聞かされたことだけでしたから」
岩倉はまるで患者に説明するように丁寧に語り始めた。

「…笙子さんのお兄さんは本当は生きているが、笙子さんの記憶からは消えてしまっている。…洪水でご両親と共に亡くなったと思い込んでいる…と。
しかし、本当はお兄さんは、笙子さんを庇う為に大怪我をし、笙子さんに乱暴をした神父を刺殺した。
そして救護院に収監されたと…。
…一ノ瀬のご両親は一度、笙子さんの近況を知らせようと救護院を訪ねたそうです。
だが、貴方はその時既にもうそこを出て行っていた。
一ノ瀬のご両親は、貴方のことをとても気の毒がっていました。
…けれど、笙子さんの記憶が事件前からない以上、無闇に行動する訳にも行かず、そのままになってしまったと気にかけておいででした」

鬼塚は首を振った。
「…そんな…いいんだ。俺は小春の養父母には感謝している。感謝してもし足りないくらいに…。
あのひとたちが小春を救ってくれたんだ。
あのひとたちがいなかったら…小春は更に不幸な人生を歩んでいたに違いない。
…幼い俺には、小春を守るだけの力がなかったのだから…」

…だから力が欲しかった。
小春を守るだけの力が…。
誰にも阻まれない強い力が…。

…「お前に力を与えてやろう。その条件は…私への絶対的服従だ」

男の声が蘇る。

鬼塚は拳を握りしめる。
…忘れていた…忘れようとしていた過去が一気に襲ってくるのを、必死で耐える。

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