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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
黙り込んだ鬼塚を静かに見守りながら、更に続ける。
「…貴方に気づいたのは、道場でお会いしてからでした。
あの日、笙子さんは貴方に積極的に春海の送迎をお願いしていました。
あんな笙子さんを見たのは初めてでした。
笙子さんは私以外の男性と関わりを持つことを極端に避けてきていました。
ですから私は、この男性はもしかして笙子さんにとって特別なひとなのではないかと予感めいたものを感じたのです。
帰宅後、笙子さんは私にこう言いました。
…色恋の気持ちだと誤解しないでほしいのだけれど、徹さんのことが気になって仕方がないと。
もう一度会いたくてたまらないと…。
それがなぜなのか、自分でもよく分からないのだけれど、これからも会わなくてはいけないような気がする…。
あのひとを見失ってはいけないような気がする…と。
…私は、貴方のことを密かに調べました。
旧陸軍はじめ憲兵隊の人事リストはGHQが握っているのでなかなか苦労しましたが、やがて貴方の経歴が分かりました。
…貴方は笙子さんの兄上だった。
笙子さんが異常とも言えるほどの固執を見せていたのはそのためだったのですね。
笙子さんは無意識に貴方を兄だと悟っていたのでしょう。
…ある意味これは、運命の赤い糸だ。
私は医者です。科学的根拠により成り立つものしか信じないで来た私には驚くべきことでした」
…やや嫉妬めいた色を感じさせながら岩倉の説明は終わった。

鬼塚はため息を吐いた。
「…あんたの言う通りだ。俺は小春の生き別れた兄だ。
偶然小春に再会し…嬉しくて離れがたくてつい今日まで過ごしてしまった。
…だがもうやめるよ。
これ以上俺がそばにいて、小春が俺のことを思い出してはいけない。
…今まで小春のそばにいることを許してくれたことに感謝する」

頭を下げ立ち上がり、部屋を去ろうとする鬼塚の背中に、静かだが研ぎ澄まされた声が響いた。
「お待ちください。
…貴方にまだお話ししたいことがあるのです」

鬼塚は振り返った。
岩倉の眼鏡の奥の端正な眼差しが、鬼塚を強く捉える。

「…貴方に聞いていただきたいのです。
私と笙子さんとの出会いを…。
そして、笙子さんの胸の内を…。
貴方は知らなくてはなりません」


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