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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
麹町へと向かうタクシーの中で、伽倻子から聞いた話のあらましはこうだった。
伽倻子は贔屓している銀座の宝飾店のオーナー夫妻からある悩みを打ち明けられたのだ。
オーナー夫妻には女学校を卒業したばかりの美しい一人娘がいる。
その娘が昨年のクリスマスの夜、外出先の教会でいきなり倒れたのだった。
そしてその後、人が変わったように鬱ぎ込むようになり、部屋に引き篭もり出してしまった。
理由を聞いても一言も話さず、ただ泣くばかりだと言う。
医者に連れて行こうにも、両親と心を許した家政婦以外頑として近づけようとしない。
食事も殆ど手に付けず、痩せ細るばかり…。
娘を溺愛している両親は心配の余り、方々手を尽くしていたが八方塞がりであった。
…そこに顧客の伽倻子が訪れた。
両親の話を聞き、甥が京大の著名な精神医学博士だと話すと、是非娘を診て貰えないかと懇願されたのだった。
「…著名って…伽倻子さん、僕は昨年助教授になったばかりのまだまだひよっこの医者ですよ」
岩倉は呆れたように眉を顰めた。
伽倻子はやや下がった目尻で甘く岩倉を見つめた。
「これから著名になるから良いのよ。
…本当にご立派になられたこと。
あんなに小さくて可愛かったちいちゃんが…。
背も高くてとてもハンサムで、しかも優秀なドクター…これでは女性が放っておかないわね…」
伽倻子のすべらかな手が岩倉の手を握る。
…ちいちゃん、わたし、明日東京にお嫁に行くの。
だからお別れのキスをしてあげる…。
うら若く美しい叔母はそう言って岩倉に甘く痺れるようなキスをした。
岩倉が十四歳の時だ。
…初恋の…甘く切ない記憶が蘇る。
岩倉はその手を握り返し、微笑み返した。
「…相変わらず、ひとを翻弄させるのがお好きですね。
あれからしばらく、僕は誰も好きになれないでいましたよ」
蠱惑的な瞳で妖艶に笑うと、伽倻子は耳元でそっと囁いた。
「…ではせめてもの罪滅ぼしに…。
可哀想なラプンツェルはきっと貴方のハートを鷲掴みにするわよ。
助けずにはいられない衝動に駆られるわ。
私には分かるの…」
伽倻子は贔屓している銀座の宝飾店のオーナー夫妻からある悩みを打ち明けられたのだ。
オーナー夫妻には女学校を卒業したばかりの美しい一人娘がいる。
その娘が昨年のクリスマスの夜、外出先の教会でいきなり倒れたのだった。
そしてその後、人が変わったように鬱ぎ込むようになり、部屋に引き篭もり出してしまった。
理由を聞いても一言も話さず、ただ泣くばかりだと言う。
医者に連れて行こうにも、両親と心を許した家政婦以外頑として近づけようとしない。
食事も殆ど手に付けず、痩せ細るばかり…。
娘を溺愛している両親は心配の余り、方々手を尽くしていたが八方塞がりであった。
…そこに顧客の伽倻子が訪れた。
両親の話を聞き、甥が京大の著名な精神医学博士だと話すと、是非娘を診て貰えないかと懇願されたのだった。
「…著名って…伽倻子さん、僕は昨年助教授になったばかりのまだまだひよっこの医者ですよ」
岩倉は呆れたように眉を顰めた。
伽倻子はやや下がった目尻で甘く岩倉を見つめた。
「これから著名になるから良いのよ。
…本当にご立派になられたこと。
あんなに小さくて可愛かったちいちゃんが…。
背も高くてとてもハンサムで、しかも優秀なドクター…これでは女性が放っておかないわね…」
伽倻子のすべらかな手が岩倉の手を握る。
…ちいちゃん、わたし、明日東京にお嫁に行くの。
だからお別れのキスをしてあげる…。
うら若く美しい叔母はそう言って岩倉に甘く痺れるようなキスをした。
岩倉が十四歳の時だ。
…初恋の…甘く切ない記憶が蘇る。
岩倉はその手を握り返し、微笑み返した。
「…相変わらず、ひとを翻弄させるのがお好きですね。
あれからしばらく、僕は誰も好きになれないでいましたよ」
蠱惑的な瞳で妖艶に笑うと、伽倻子は耳元でそっと囁いた。
「…ではせめてもの罪滅ぼしに…。
可哀想なラプンツェルはきっと貴方のハートを鷲掴みにするわよ。
助けずにはいられない衝動に駆られるわ。
私には分かるの…」