この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
…図らずも、伽倻子の予言は当たることになった。
麹町の屋敷で対面したラプンツェル…いや、一ノ瀬笙子に岩倉は雷に打たれたような衝撃を受けたのだ。
母親の陰に隠れるようにして客間に現れた笙子は、この世のものとは思えないほどに、現実離れした透明感を身に纏った美少女であった。
黒い絹糸のように艶やかな髪を背中まで垂らし、白いレースのブラウスに紫陽花の花のような淡い紫色をしたシルクシフォンの長いスカートを身につけ、俯くように座っている少女を、岩倉は息を詰めて見つめた。
…長く濃い睫毛、濡れたような大きな黒い瞳、鼻筋は繊細に彫刻刀で刻んだように端正で、その唇は色づいたばかりの桜桃のような薄紅色であった。
華奢な肩は初めて会う男の視線に晒され、震えているようだった。
…この少女と自分は恋に堕ちる。
伽倻子の言葉に導かれるように、抵抗し難い誘惑にも似た感情が胸の内に満ちてゆく。
それは、この稀有なまでに美しく儚げな少女を我が物にしたいという原始的な野蛮とも言える気持ちと、まだそれが何なのか分からないが、この少女が囚われている深い闇から彼女を解放したいという痛切な気持ちがないまぜになったものだった。
そのような気持ちになったのは生まれて初めてだった岩倉は、自分の気持ちに少なからず動揺した。
…これは医師としての感情ではない。
岩倉は唇を噛み締める。
医師が…特に精神科医が私情で患者と接することはご法度だ。
そこに個人的感情が入ってしまうと、どうしてもカウンセリングが通常のものから逸脱してしまうからだ。
それがこの少女にどのような影響を与えるか…それは岩倉ですら未知のことであった。
…だが…。
岩倉は決意した。
…私情でも私欲でも構わない。
自分はこの少女を救う。
この少女から微笑みかけてもらうために…。
母親から優しく何度も促されながらも、貝のように口を閉ざす少女に、岩倉は穏やかに話しかけた。
「笙子さん、私とこれから毎日少しずつお話をしませんか?貴女がお話になりたいことだけで良いのです。
お嫌なら直ぐに帰ります。
貴女に毎日お会いしに伺うことだけをお許し願えませんか?」
笙子は恐る恐る貌を上げ、その烟るような長い睫毛の陰にから岩倉を見上げ…微かに…本当に微かに頷いた。
麹町の屋敷で対面したラプンツェル…いや、一ノ瀬笙子に岩倉は雷に打たれたような衝撃を受けたのだ。
母親の陰に隠れるようにして客間に現れた笙子は、この世のものとは思えないほどに、現実離れした透明感を身に纏った美少女であった。
黒い絹糸のように艶やかな髪を背中まで垂らし、白いレースのブラウスに紫陽花の花のような淡い紫色をしたシルクシフォンの長いスカートを身につけ、俯くように座っている少女を、岩倉は息を詰めて見つめた。
…長く濃い睫毛、濡れたような大きな黒い瞳、鼻筋は繊細に彫刻刀で刻んだように端正で、その唇は色づいたばかりの桜桃のような薄紅色であった。
華奢な肩は初めて会う男の視線に晒され、震えているようだった。
…この少女と自分は恋に堕ちる。
伽倻子の言葉に導かれるように、抵抗し難い誘惑にも似た感情が胸の内に満ちてゆく。
それは、この稀有なまでに美しく儚げな少女を我が物にしたいという原始的な野蛮とも言える気持ちと、まだそれが何なのか分からないが、この少女が囚われている深い闇から彼女を解放したいという痛切な気持ちがないまぜになったものだった。
そのような気持ちになったのは生まれて初めてだった岩倉は、自分の気持ちに少なからず動揺した。
…これは医師としての感情ではない。
岩倉は唇を噛み締める。
医師が…特に精神科医が私情で患者と接することはご法度だ。
そこに個人的感情が入ってしまうと、どうしてもカウンセリングが通常のものから逸脱してしまうからだ。
それがこの少女にどのような影響を与えるか…それは岩倉ですら未知のことであった。
…だが…。
岩倉は決意した。
…私情でも私欲でも構わない。
自分はこの少女を救う。
この少女から微笑みかけてもらうために…。
母親から優しく何度も促されながらも、貝のように口を閉ざす少女に、岩倉は穏やかに話しかけた。
「笙子さん、私とこれから毎日少しずつお話をしませんか?貴女がお話になりたいことだけで良いのです。
お嫌なら直ぐに帰ります。
貴女に毎日お会いしに伺うことだけをお許し願えませんか?」
笙子は恐る恐る貌を上げ、その烟るような長い睫毛の陰にから岩倉を見上げ…微かに…本当に微かに頷いた。