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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
岩倉は息を呑み、笙子を見下ろした。
涙に濡れた黒い瞳は僅かな嘘や誤魔化しを許さない真摯な意思に満ちたものであった。

岩倉はゆっくりと口を開いた。
「…はい。私はそうご両親に伺いました」

笙子の清らかで美しい貌が哀しげに歪んだ。
「…やはり…。あの惨たらしい子どもは私だった…。
私は…私は…そんな穢れた身体で…ずっと生きてきたのですね…」
小刻みに震える華奢な身体を、岩倉は両手でしっかりと抑える。
「それは違います!」
岩倉は自分でも驚くような大きな声で鋭く叫んでいた。

「それは違う。貴女は穢れてなどいない。穢れているのは貴女に乱暴した獣にも劣るその神父だ。
貴女は何も悪くない。何ひとつ悪くはないのです」

俯いてしまった笙子からは表情を伺うことができない。
だから岩倉は心から…魂からの声を届かせる。
「貴女は何も悪くないのです。貴女が幼い頃に受けた傷は、運悪く受けてしまった傷です。
けれどそれが貴女の人生を決めつけてしまう訳ではない。
貴女は不運だったが、不幸ではない。
なぜならあんなにも慈愛に満ちたご両親に引き取られ、こんなにも美しく聡く輝くようにご成長された。
それは貴女が幸せだったからだ。
そして貴女はその幸せに相応しい…誰よりも美しい女性です。
不運な過去に囚われてはなりません」
笙子が何かに怯えるかのように、岩倉を見上げた。
傷つき…怯えた迷子のような眼差しが岩倉を捉える。
「…ほんとうに…私に落ち度はなかったのでしょうか…たとえば…私は…大人に媚びる子どもだったのかもしれません…」
性的被害に遭った子どもの多数がそうであるように、笙子も己れに落ち度があり、そんな目に遭ったのではないかと、自分を責めていたのだ。

「そんなことはありません。
年端のいかぬ何の判断能力もない子どもに乱暴する大人は鬼畜にも劣ります。
子どもには何の罪もない。
貴女には何の落ち度もありません。
そのことで貴女が自分を蔑む必要はないのです。
貴女は美しく素晴らしい女性です。
どうか、ご自分を責めないでください」
「…岩倉先生…」
そののち、笙子は子どもに戻ったかのように声を放って泣き始めた。

岩倉は笙子を見守った。
その肩に…その手に触れることなく、静かに声だけを掛けた。
「お泣き下さい。我慢をされることはありません。
…私はずっと貴女のお側にいます…」




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