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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
紅茶はすっかり湯気を失い、冷え切っていた。
窓辺からは、夜の街を照らす街灯の灯りが微かに差し込んでいた。

鬼塚は俯き、拳を握りしめていた。
…よく見ると、小春に良く似た繊細に整った横貌にはこの上なく悲愴な色を滲んでいる。
岩倉の話を最後まで一言も発せずに聴き、やがて彼は絞り出すように呟いた。
「…そうだったのか…。
小春は…あの忌まわしい事件を思い出してしまったのか…」

「…はい。
けれど、貴方の…お兄さんのことはまだ思い出してはいません。
貴方の記憶は、孤児院に入る前で途絶えております。
私は笙子さんが自分で思い出すまで、敢えてお兄さんのことは触れないでいようと決めていたからです。
ですから、私から笙子さんにお兄さんについて尋ねたことはありませんでした。
…しかし、今は迷っております」

すかさず、鬼塚はきっぱりと答えた。
「良かった。小春が俺のことを思い出さなくて、良かった」
「鬼塚さん…」
眉を顰め、口を開こうとする岩倉を制するように鬼塚は語り始めた。

「小春に俺のことを打ち明けないでくれて、礼を言う。
俺はこれ以上、小春の気持ちをかき乱したくはない。
小春に乱暴をした神父に俺が怪我を負わされ、その神父を俺が殺したと知れば、小春は更に傷つく。
俺は小春に重荷を背負わせたくはない。
…小春はあんたという最良の旦那に巡り会えて可愛い子どもも生まれて、この上なく幸せに暮らしているんだ。
俺は小春の古傷を抉るような真似はしたくない。
だから、このままでいい」
迷いの色は微塵もなく、彼はきっぱりと言い切った。



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