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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
岩倉は、ひたりと鬼塚を見つめた。
「貴方はそれで良いのですか?
…拝見したところ、貴方は笙子さんと同じく…いや、もしかしたらそれ以上の苦しみと重荷を背負っているように見えます。
貴方は未だに笙子さんを守りきれなかった少年の頃の苦しみと痛みを抱えて生きておられるのではないですか?」
びくりと鬼塚の肩が震える。
岩倉は鬼塚の硬く握り締められた手に、そっと手を重ねた。
…あの日の笙子の手のように氷のように冷たい手だった。
岩倉の脳裏には、笙子とよく似た貌立ちの小さな…寂しげな少年が思い浮かび…鬼塚の貌にそのまま重なった。
「…貴方は戦時中、大切なひとを失われているのではないですか?」
冷たい手が、悴むように震えた。
「…な、何を…」
睨みつけるように岩倉を見上げる瞳を、じっと捉える。
「大切なひとを亡くし、それから自分の過去の罪に苦しんでいらっしゃる…。
その贖罪から、幸せになってはならないと思っていらっしゃる。
…だから、貴方は笙子さんに兄だと名乗りたくないのではないですか?」
それ以上、心の中を暴かれないように…暴かれるのを恐れるかのように、鬼塚は乱暴に岩倉の手を振り払った。
「離せ。…あんたに…何が分かる…!」
燃えるような憎しみの炎がその隻眼には宿っていた。
「分からないかも知れません。
けれど、分かりたいと思います。
…今回の戦争では、沢山の人々が傷つきました。
私は全ての日本人が戦争の犠牲者だと考えています。
貴方もそうだ。
あの地獄のような激戦の最果ての地から生還したのです。
…どれだけの苦しみを今も抱いていることでしょう。
その重荷をずっと背負って生きて行くおつもりですか?
…その重荷を下ろして、笙子さんに兄だと名乗りませんか?
…そうすれば、貴方には新しい人生が開ける筈だ…」
鬼塚の貌が強張る。
…何かを思い起こすかのような、複雑な表情が浮かび…しかしすぐさま岩倉から貌を背けた。
立ち上がり、背を向けたまま独り言のように呟く。
「…分かったような口を利くな…。
俺の苦しみなど…誰にも分からない…」
言い捨てるとそのまま研究室の扉を押し開け、風のように去っていったのだった。
「貴方はそれで良いのですか?
…拝見したところ、貴方は笙子さんと同じく…いや、もしかしたらそれ以上の苦しみと重荷を背負っているように見えます。
貴方は未だに笙子さんを守りきれなかった少年の頃の苦しみと痛みを抱えて生きておられるのではないですか?」
びくりと鬼塚の肩が震える。
岩倉は鬼塚の硬く握り締められた手に、そっと手を重ねた。
…あの日の笙子の手のように氷のように冷たい手だった。
岩倉の脳裏には、笙子とよく似た貌立ちの小さな…寂しげな少年が思い浮かび…鬼塚の貌にそのまま重なった。
「…貴方は戦時中、大切なひとを失われているのではないですか?」
冷たい手が、悴むように震えた。
「…な、何を…」
睨みつけるように岩倉を見上げる瞳を、じっと捉える。
「大切なひとを亡くし、それから自分の過去の罪に苦しんでいらっしゃる…。
その贖罪から、幸せになってはならないと思っていらっしゃる。
…だから、貴方は笙子さんに兄だと名乗りたくないのではないですか?」
それ以上、心の中を暴かれないように…暴かれるのを恐れるかのように、鬼塚は乱暴に岩倉の手を振り払った。
「離せ。…あんたに…何が分かる…!」
燃えるような憎しみの炎がその隻眼には宿っていた。
「分からないかも知れません。
けれど、分かりたいと思います。
…今回の戦争では、沢山の人々が傷つきました。
私は全ての日本人が戦争の犠牲者だと考えています。
貴方もそうだ。
あの地獄のような激戦の最果ての地から生還したのです。
…どれだけの苦しみを今も抱いていることでしょう。
その重荷をずっと背負って生きて行くおつもりですか?
…その重荷を下ろして、笙子さんに兄だと名乗りませんか?
…そうすれば、貴方には新しい人生が開ける筈だ…」
鬼塚の貌が強張る。
…何かを思い起こすかのような、複雑な表情が浮かび…しかしすぐさま岩倉から貌を背けた。
立ち上がり、背を向けたまま独り言のように呟く。
「…分かったような口を利くな…。
俺の苦しみなど…誰にも分からない…」
言い捨てるとそのまま研究室の扉を押し開け、風のように去っていったのだった。