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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
岩倉のカウンセリングの成功に、涙を流して喜んだのは笙子の両親であった。

「岩倉先生のお陰です。
以前の笙子が戻ってまいりました。私たちに以前と同じ屈託のない笑顔を見せてくれました。
…本当に…なんとお礼を申し上げて良いのでしょうか…!」
「それは良かったです。
…私は何もしていません。笙子さんがご自身のお力で過去と対峙なさり、克服されたのです」

…あの日以来、笙子は最早怯えたり、塞ぎ込んだりすることもなかった。
岩倉が訪れると、嬉しそうに笑って出迎えてくれた。

一緒にお茶を飲み、庭園を散策する。
時には音楽室で、両親とともに笙子が弾くピアノを聴く。
笙子はドビュッシーのピアノ曲が好きだと言った。
二人きりで蓄音機の前で長い時間、甘く切ない旋律のレコードを聴いた。
時折眼が合うと、笙子は恥ずかしそうにそっと微笑み、再び瞼を伏せた。
岩倉は彼女の美しい彫像のような白い横顔を飽きることなく見つめ続けた。

…夢のような心ときめく楽しい時間だった。


だが、いつまでもこの甘やかな時間に溺れているわけにはいかないと、岩倉は自分を戒めた。
笙子は、自分を悩みから解放してくれた医師だから…信頼できる精神科医だから、こんなにも蕩けるような笑顔を見せてくれるのだ。
勘違いをしてはならない。

自分も、これ以上笙子のそばにいると辛くなる。
…こんな出会いでなければ、自分は笙子に交際を申し込むことが出来たのに…。
医師として自分を慕ってくれる笙子に己れの恋心を打ち明けることなど、到底出来ない。
そんなことをすれば、せっかく落ち着いた笙子の精神状態を掻き乱してしまうことになる。
それだけは避けなくてはならなかった。

…これ以上、笙子さんを好きになるともう後戻りできなくなる。

岩倉は自分に踏ん切りをつけるかのように、深く息を吐き…一ノ瀬家の重厚なドアをノックした。

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