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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
家政婦の取り次ぎもそこそこに、岩倉はずかずかと屋敷の中に足を踏み入れた。
「お嬢様はお庭です…!先生!頑張って下さい!」
力強く叫ぶ家政婦の声を背中に、庭園へのプロムナードを急ぐ。

…彼女は…いた…!
大木の染井吉野の樹のもとに、笙子は一人佇んでいた。
甘やかな色合いのドレスが春風にそよぎ…まるで桜の精のように見える。
傍らには美しくセッティングされた無人の昼食のテーブルがある。
…このテーブルを見ながら、笙子はどう思っていたのかと、岩倉は胸を詰まらせる。

「笙子さん…!」
岩倉の声に、笙子は華奢な肩をびくりと震わせた。

恐る恐るといった風に振り返ったその白い頬はまだ涙で濡れていた。
慌てて白い手で涙を拭い、信じられないというようにその美しい瞳を見開いた。
笙子はか細い声で尋ねた。
「…岩倉先生…。どうなさったのですか…?」
無言で近づき、笙子の前に立つ。
怯えたように立ち竦む笙子の肩を掴む。
笙子の身体に触れたのは、あの日以来だった。

握りしめた細い肩は、細かく震えていた。
「…すみません。いきなり触れたりして…」
慌てて手を離す。
笙子は両手を握りしめ、首を振る。
「…いいえ。…あの…でも…なぜ…」

笙子の唇が最後の言葉を刻む前に、岩倉は叫んだ。
「貴女を愛しています。私と結婚して下さい…!」
彼女の貌が驚愕したように強張り、やがて首を振りながら後退り始めた。
「…からかっていらっしゃるのですか…?」
笙子を怯えさせないように、しかし情熱的に見つめ、距離を詰める。
「からかってなどいません。私は…笙子さんが好きです。貴女と生涯を共にしたい」
笙子は混乱したように顔を背けた。
「…先生は、同情していらっしゃるのですわ。…私が哀れだと思って、そのようなことを…」
「同情⁈そんなこと、あるわけがない!
…私は…最初から貴女に惹かれていた。一目見た時から、貴女に心を奪われていた。…私は、精神科医の立場ではなく、一人の男として貴女を助けたかった。
…私は…そんな愚かしい男なのです」
笙子の手を引き寄せる。
…彼女はもう拒みはしなかった。

「…がっかりされたのではないですか…?」
笙子の白く艶やかな頬にそっと手を伸ばす。
温かな涙が再び溢れ落ちる。
長い睫毛に水晶のような涙を絡ませ、首を振った。
「…いいえ、先生…。嬉しいのです…」




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