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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
…夜汽車で京都に着いた二人が突然、岩倉の実家に現れたとき、岩倉の母親はさして驚きはしなかった。
伽倻子から電話で説明を受けていたせいもあるが、堂島の寒天問屋の末っ子の母親は大変に肝の座った女だったのだ。
桜模様の友禅縮緬の振袖を着た錦絵から抜け出してきたような美しい少女を見て目を細め、
「まあまあ、こんなに綺麗なお嬢さんを煤だらけにしてしもて…さあさあ、先ずはお湯を使うていらっしゃい。疲れたやろ?
話はそれからや」
そう言って女中に湯殿に案内させたのだ。
笙子が廊下の奥に姿を消したのを見て、母親は岩倉を見上げて芝居掛かったように首を振った。
「東京に随分長逗留やなと思うたら…あんた、伽倻子さんとこで見合いでもしてたん?
えらい別嬪さんのお嬢さん連れてきはったなあ」
岩倉は頭を掻き、苦笑した。
「…見合いではありません。
僕は医者だから科学的根拠がないものは信用しなかったのですが、運命の出逢いはあるものなのですね」
「うちがあんなに縁談を勧めても見向きもせんかったのになあ…。
あんたはやっぱり変わってる子やね」
肩を竦め、奥の間へ行こうとして振り返り
「…せやけどほんまに可愛らしいお嬢さんやね。
あんたにしては上出来や」
と、悪戯っぽく目配せをするとさっさと行ってしまった。
…あんたにしては上出来や。
これは母親の最上級の褒め言葉であった。
岩倉は胸を撫で下ろし、東京から付いてきた一ノ瀬家の女中をこちらの女中頭に引き合わせるべく、踵を返したのだった。
伽倻子から電話で説明を受けていたせいもあるが、堂島の寒天問屋の末っ子の母親は大変に肝の座った女だったのだ。
桜模様の友禅縮緬の振袖を着た錦絵から抜け出してきたような美しい少女を見て目を細め、
「まあまあ、こんなに綺麗なお嬢さんを煤だらけにしてしもて…さあさあ、先ずはお湯を使うていらっしゃい。疲れたやろ?
話はそれからや」
そう言って女中に湯殿に案内させたのだ。
笙子が廊下の奥に姿を消したのを見て、母親は岩倉を見上げて芝居掛かったように首を振った。
「東京に随分長逗留やなと思うたら…あんた、伽倻子さんとこで見合いでもしてたん?
えらい別嬪さんのお嬢さん連れてきはったなあ」
岩倉は頭を掻き、苦笑した。
「…見合いではありません。
僕は医者だから科学的根拠がないものは信用しなかったのですが、運命の出逢いはあるものなのですね」
「うちがあんなに縁談を勧めても見向きもせんかったのになあ…。
あんたはやっぱり変わってる子やね」
肩を竦め、奥の間へ行こうとして振り返り
「…せやけどほんまに可愛らしいお嬢さんやね。
あんたにしては上出来や」
と、悪戯っぽく目配せをするとさっさと行ってしまった。
…あんたにしては上出来や。
これは母親の最上級の褒め言葉であった。
岩倉は胸を撫で下ろし、東京から付いてきた一ノ瀬家の女中をこちらの女中頭に引き合わせるべく、踵を返したのだった。