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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
その日から、鬼塚はただひたすら抜け殻のような毎日を送っていた。

そんな鬼塚を案じる美鈴の貌も見るに忍びず、暫く家に帰ってはいなかった。
…このまま縁を切るのも、美鈴のためなのではないかと思う。
自分のような暗い過去を持ち、将来への展望もない無気力で虚無的な男といても、美鈴は幸せにはならないだらう…。


…このまま、どこかへ行ってしまおうか…。
浅草の仲見世をふらりと彷徨いながら、考える。
東京にいても、小春への気持ちが昂まる一方だ。
東京を離れれば、吹っ切れるものもあるだろう。
鬼塚を知る人が誰もいない土地に行けば、何か踏ん切りがつくかも知れない。

…ここではないどこかへ…。

…いや…どこがあるというのか…。
敗残兵の自分に…
生きる甲斐や…いや、生きる意味があるのだろうか…。

ふと、己れの手を見つめる。
…この血塗られた醜い手で…。
生きてゆく資格があるのだろうか…。

…戦時中の、狂気ともいえる粛清の嵐と…そして硫黄島での地獄のような日々を思い出す…。
自分を慕い信じてくれた兵士は皆、死んでしまった…。
指揮官の自分だけがおめおめと生き残った。


どうしようもない罪悪感に襲われ、鬼塚は思わず雑踏の中を立ち竦む。

…そんな俺が…生きている資格があるのだろうか…。



ぼんやり佇む鬼塚に通り過ぎる人の肩が触れ、鬼塚は少しよろめいた。

すぐにぶつかった人物が詫びた。
まだ若い男だ。
「すみません!大丈夫ですか?」
鬼塚は我に返り、口を開いた。
「いや…。大丈夫だ…」

そのまま行き過ぎようとしたその腕を、いきなり掴まれた。
咄嗟に振り返るその視界に飛び込んで来たのは…。

「鬼塚くん!鬼塚くんだよね⁈そうだよね⁈鬼塚くんだよね⁈」
まるで子どものように目を丸くし、興奮したように鬼塚の名前を呼ぶ…。
鬼塚は思わず隻眼を見開いた。

「…郁未か…?」
「そうだよ、僕だよ!鬼塚くん!
…ああ、こんなところで会えるなんて…!」

…幼年士官学校の同級生、嵯峨郁未が昔のように泣きべそをかきながら鬼塚を見上げていたのだった。

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