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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
「…夢みたいだ…。鬼塚くんにまた会えるなんて…!
…本当に…本当に鬼塚くんだよね?…僕は…僕は…ずっとずっと…君を探していたんだよ…!」

甘味屋でおいおいと泣き出した郁未に、鬼塚は閉口しながら懐から手巾を出し手渡した。

「泣くな、郁未。男だろ」
鬼塚が手渡した手巾で盛大に洟をかみながら、郁未は嬉しそうに笑った。
「…その言い方…。全然変わってない!やっぱり鬼塚くんだ…!」
釣られて鬼塚も苦笑する。
「…久しぶりだな…。郁未…」
「うん!…君が硫黄島に出征して以来だから…五年ぶりかな…。
…僕は、ずっと君を探していたんだよ…。
硫黄島は壊滅的状況だったから、生存者はいないと言われて…。
旧帝国軍人名簿もGHQが握っているから閲覧も出来なくて…。
でも、君のことだからきっと生きてるって信じてた!
色々調べていたら、市ヶ谷の君の家にいた家政婦さんの姪御さんに会うことができて…。
その人は家政婦さんの遺言で、君の大佐の墓守りを頼まれていて、時々行くそうなんだけど、月命日に隻眼だけど綺麗な貌をした若くて背の高い男性が墓参りしているのを見かけた…て聞いて…。
絶対鬼塚くんに違いないて思ってたんだ。
それで、どうやら住まいがこの界隈らしい…て風の便りで聞いて、時間がある時に君の手掛かりがないか調べ歩いていたんだ」

…再びべそをかきだした郁未の言葉が、ひたひたと温かく鬼塚の胸を満たして行く。

「…俺を探してくれていたのか…。ありがとう…」
郁未は、昔のように恥ずかしそうに笑って首を振った。

…郁未は鬼塚の人生の唯一の明るい光だった。
世間知らずで泣き虫で…けれど明るく無邪気な郁未といると、自分の中の欠けていた部分が知らず知らずの内に満たされてゆくような…そんな気持ちにさせる存在だった。

家族の縁も薄く、唯一の最愛の妹とは名乗り合うことも許されず…そんな鬼塚にとって、裕福で名門華族の子息で彼を溺愛する母親がいる郁未は、やや羨ましくも眩しい存在でもあった。

…それは、郁未が必ず半分分けてくれる母親からの甘いお菓子の差し入れと共に懐かしく温かく思い出される、鬼塚の数少ない楽しい記憶であったのだ。
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