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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
「当然だよ。…だって、君は…僕にとって…大切な大切なひとだもの…」
もう二十代の半ばにもなるのにまだ愛らしい少女のような容貌の郁未は、白い頬を染めながら小さく呟いた。

…幼年士官学校の卒業式の日…。
誰もいない教室で、郁未に乞われてキスをした。

恋ではない…感謝と親愛の印のキスをした。
その想い出はやはり鬼塚の僅かに煌めく青春の1ページには違いなかった。

鬼塚の前で、恥じらいながら餡蜜をつつく郁未に、尋ねる。
「お前はあれからどうしていたんだ?
確か近衛師団では中尉まで昇進したと聞いたが…」
郁未がぱっと貌を上げた。
「うん。乗馬の腕を買われてね。
…僕の父の妹は陛下の弟宮に輿入れしていたから…縁故出世だよ。
でも、おかげで戦時中は危ない目に遭わないで済んだ…。
…君が危険な戦場で戦って日本を守ってくれたおかげだよ」
真摯な真っ直ぐな眼差しだった。
思わず視線を逸らせる。
苦しげに絞り出すように呟く。
「…よせ。…俺は何もしていない。
俺たちは、日本を守りきれなかった。
たくさんの部下を死なせた。たくさんの敵を殺した。
…でも日本は負けた。俺は…ただの殺人者だ…」
「そんなことない!」
温かな手が鬼塚の手を握りしめ、力強い言葉がそれに重なった。
「そんなことを言ったら、僕だって殺人者だ!
直接手は下さなくても、僕らはたくさんの国民を死なせた。傷つけた。正しい英断を陛下に伝えられなかった。…そしてそれが、日本を敗戦に導いた。
君と同じだよ。同じなんだ!
だから君だけが悩まないで…」
…温かな手…。
溺れてしまいそうになるほどの温かな手と言葉だった。



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