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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
日が暮れると、春の雨が静かに降り始めた。
襖を開けて、猫の額ほどの庭の桜を眺める。

…あと少しで、満開になりそうな小さな桜の樹だ。
鬼塚の不在の間に、大分咲いたらしい。

「…あんたって、すごいひととお友達やったんやね…。
嵯峨公爵様の息子さんとお友達やなんて、びっくりしたわ…」
鬼塚の着物を畳みながら、美鈴がぽつりと呟いた。
「…郁未か…」
「…あんた、士官学校に通っとったんやね。
…うち、あんたのこと、なんも知らんのやね…」
寂しげな声が密やかに聞こえてきた。

振り返ると同時に、美鈴が鬼塚の背中にしがみつく。
「…なんで、出て行ってしもたん?うちのこと、嫌になったん?
…あの綺麗な女のひとと…何かあったん…?」

春の雨のごとくしっとりと温かな涙が、鬼塚の背中を濡らす。

鬼塚は身体を反転させ、美鈴を抱きしめた。
「…美鈴。…秘密を守れるか?」
「秘密?…うち、あんたの言うことはなんでも聞く。
だから、なんでも話して」
白い貌に浮かんだ涙ぼくろはやはり涙で濡れていた。

「…俺が用心棒をしていたあのひとは…小春は…俺の妹だ」
美鈴の瞳が驚きで見張られた。
「…うそ…」
「本当だ。訳あってずっと離れて暮らしてきた。
…そして、小春は俺の記憶を失くしている。
だから俺が兄だとは知らない。俺は…つい懐かしくて離れがたく会い続けてきたが、それももうやめた。
俺と会って俺のことを思い出したら、小春を不幸にするような気がして…。
もう会わないと決めたのだ」
…漸く落ち着いて、幸せな生活を送っている小春に…もうこれ以上重荷を背負わせたくはない…。

「…そう…。そうだったん…」
美鈴の手が、鬼塚の手を慰撫するように握りしめた。
「それなら早う言うてくれたらよかったのに…。
うち、あんたがあの綺麗なひとのとこに行ってしもたんやと思うて、ずっと泣いとったんよ…」

鬼塚は美鈴の貌を持ち上げ、涙で濡れた涙ぼくろを人差し指でそっとなぞった。
「…お前は可愛いな…」
思わず溢れた愛しみの言葉に、美鈴は泣くまいと唇を歪めた。
どちらからともなく唇が寄せられ、重なりそうになった瞬間…

粗末な玄関の扉を、そっと叩く音が響いた。





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