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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
玄関の方を振り向く。
扉を叩く音は続いている。

美鈴が近寄り、声をかけた。
「どちらさんですか?」

遠慮勝ちな、密やかな声が続いた。
「…突然、申し訳ありません。
私、岩倉笙子と申します。
…あの…。徹さんはいらっしゃいますでしょうか…?」

鬼塚は隻眼を見開いた。
…なぜ、小春がここに…⁈

「岩倉さん…?あの…うちのひとに何のご用でしょうか?」
小春の本名を知らない美鈴は、やや気色ばんだ声を上げた。
鬼塚は美鈴を押し退けるようにして扉を開けた。

扉の前には小春が佇んでいた。
途中で雨に降られたのか、その美しく艶やかな髪は濡れていた。
鬼塚は眉を顰めた。
「こんなところまで、何をしに来た…」
敢えて冷たい声をかける。
小春はそれにめげる様子もなく、鬼塚を見上げる。
真っ直ぐな瞳が鬼塚を捉える。
「どうしてもお話したいことがあるのです。
少しで良いのです。私の話を聞いて下さい」

春の雨がこれ以上小春を濡らすのが耐えきれずに、鬼塚は玄関先にあった番傘を手に表に出た。
「…少し出て来る」
美鈴の貌も見ずに言い捨てる。
「あんた!…絶対帰ってきて…!」
必死の声を背に、鬼塚は無言で家を出た。



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