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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
鬼塚は手を伸ばし、小春の頬に触れる。
…ずっと触れたかった…触れたくても触れられなかった小春の貌だ…。
「…泣くな、小春…」
…ずっと呼びたかった…呼びたくても呼べなかった名前だ…。

小春の白く美しい貌は涙に濡れ、長い睫毛には水晶の粒のような涙が絡まる。
温かな頬に触れた手を、小春が両手で包み込む。
「…にいちゃん…」
子どもの頃と変わらぬ無垢な眼差しだった。

「…思い出したのか…」
小春の瞳が頷く。
そして、震える声で話し始める。
「…にいちゃんが女の人に刺された時…全部思い出した…。
私が…乱暴されたとき…にいちゃんが庇ってくれて…それで…にいちゃんはその眼を怪我したのね…。
…それから…にいちゃんは私を助けるためにあの神父を刺した…にいちゃんは…私を助けるために…全部…私を助けるために…!」
貌を歪めて嗚咽を漏らす。
鬼塚の手を痛いほど、握りしめる。
「…全部…全部…私のために…!人を殺して…片目を失って…。
それなのに…私は…何もなかったみたいに…何不自由ない生活をして…にいちゃんのことを忘れ果てて…!
…私は…私は…一体何をしてきたの…!」

鬼塚は必死に首を振る。
「お前は何も悪くない。…何ひとつ悪くない…。
自分を責めないでくれ…」
震える指先で小春の涙を拭う。
麻酔が効いてきたのか、再びとろりとした眠りの世界が鬼塚を誘う。
察した小春が鬼塚の手を優しく握りしめ、静かに語りかける。
「…にいちゃん、安心して…。
にいちゃんの怪我は重くない…て。一ヶ月もすれば良くなる…て…。
私、ずっとにいちゃんのそばにいる…。
ずっと…離れない…。
にいちゃんに、たくさんたくさん話したいことがあるの…。
もっと元気になったら話そう…。
私はここにいるから…にいちゃんはゆっくり眠って…」
そう花が咲くように微笑った小春は、鬼塚の手に唇を寄せた。
「…小春…」
…夢のようだ…。
小春と名乗りあえて…小春がそばにいてくれる…。
…夢なら覚めないといい…。
もう一度、小春の貌が見たかったが、薬は鬼塚を深い眠りに引き込み、その優しい声だけが鼓膜に響いていつまでも留まった。

「…にいちゃん…。ずっとそばにいるわ…もう離れない…」



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