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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
鬼塚は驚いて隻眼を見張った。
「何を言っているんだ…」
「だって、退院したあとのことも心配だし、にいちゃん一人にはしてはおけないわ」

…それに…と、小春はやや目を伏せ小さな声で付け加えた。
「…あの…美鈴さんてひとに言われたの。
徹さんにはご立派なお身内がいらしたのですね…て。
だから、私はお世話をするのはご遠慮します…て」
「…そうか…」
鬼塚は意外に思いつつも、それが良いのかもしれないとどこかで安堵する自分がいた。
…これを潮に、美鈴はほかの男を見つけた方が良いのだと…。
自分のような男と一緒にいてもごたごたに巻き込まれるだけだ。

「…美鈴さん…にいちゃんのこと、とても心配していらしたのよ。…ずっと病院に詰めていらしたし…。
…でも…あの…」
口籠る小春に鬼塚は、静かに口を開いた。
「いいんだ。小春。…美鈴は、俺みたいな男といない方がいい。…俺みたいにいつ刺されるか分からないような男といても、将来がない…」
「そんなことない!にいちゃんは誰よりも男らしくて強くて優しいひとよ!私…私…主人に聞いたの。
にいちゃんが事件のあと、救護院に入れられて、そこで憲兵隊の将校さんに引き取られて士官学校に入った…て。それからにいちゃんは憲兵隊の将校になって…激戦地の硫黄島に出征して…たったひとり生き残って…どれだけ苦労したかと思うと…」
涙ぐみながら鬼塚を見つめる小春の瞳を避けるかのように貌を背ける。
「…そんな美しい話じゃない…」
鬼塚は、窓の外に眼を転じながら呟いた。
薄曇りの中、病院の中庭の桜の樹が見えた。
霞みがかった薄紅色の色彩が広がっていた。
…世間は春なのか…。

「…そんな美しい話ではないんだ…。俺は…俺が生きて来た道は…」
…小春が聞いたら…幻滅するかもしれない…。
俺が歩んで来た道は…殺めた人々の血で夥しく汚れていることを…。

「…にいちゃん…?」
小春が心配そうに眉を顰めた時、静かなノックの音が聞こえた。
小春が振り返り、返事をする。
「はい。どうぞ…」
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