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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
ドアが開き、焦ったように貌を出したのは嵯峨郁未であった。
郁未は鬼塚の貌を見ると脱兎の如くベッドに駆け寄り、泣き出した。
「鬼塚くん!い、生きてた!良かった!良かったよ!」
「…郁未…」
鬼塚の肩をがっしりと掴み、必死で貌を覗く。
「…郁未…痛い…」
「ご、ごめん!美鈴さんから…き、君が刺されたって聞いて…もう居ても立っても居られなくて…!し、死んだらどうしよう…て!…ああ、元気そうだね!良かった…!」
嗚咽を漏らす郁未に苦笑しながら、鬼塚は手ぬぐいを差し出す。
「泣くな、男だろ」
「う、うん。ありがと…。
…あ、あれ?…あの…この方は…」
盛大に洟をかんだあと、傍らに佇む小春に気づく。

「俺の妹…小春だ」
少し照れ臭そうに紹介する鬼塚に、郁未は眼を丸くする。
「こ、小春さんて…!じゃあ、あの妹さん⁈再会出来たんだね…!良かったね…!」
「…ああ、そうだ。
小春、俺の士官学校時代の友人の嵯峨郁未だ。
郁未、小春は今、岩倉笙子と言う名前なんだ」

郁未が紳士らしく手を差し伸べ、握手を求める。
「初めまして。嵯峨郁未です。お兄様には昔から大変お世話になっております」
小春は嬉しそうに笑い、握手に応えた。
「初めまして、嵯峨様。岩倉笙子です。お会い出来て光栄ですわ」
笙子の名前を聞いた郁未が、遠慮勝ちに尋ねた。
「…あの…岩倉さんて…もしかして京大の岩倉千紘博士ですか?」
「ええ。この春から帝大に移りましたけれど…」
郁未が瞳を輝かす。
「やっぱり!僕、岩倉博士の精神分析学のご本を何冊も読みました!博士は幼児心理学にも造詣が深くて、とても分かりやすくて勉強になるんです。
…ああ、奇遇だなあ!あの岩倉博士の奥様が鬼塚くんの妹さんだなんて…。
…しかも…鬼塚くんが言っていた通り、小春さんは凄い美人ですね…!」
「郁未、余計なことを言うな」
興奮している郁未に釘を刺す。
「いいじゃないか。あの頃の鬼塚くんはどんな美人女優のグラビアを見せても、小春の方が美人だ…て、そればっかり…痛ッ…いたた…!痛いよ、鬼塚くん」
仏頂面をしながら郁未の腕を抓る鬼塚を見て、小春は笑い転げた。
「…ああ、可笑しい…。嵯峨様って面白い方ですのね…。こんなに楽しい方が兄のお友達で嬉しいですわ」

その屈託のない笑顔を見て、鬼塚はしみじみと幸せを噛みしめるのだった。



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