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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
翌日、午後の回診が終わり、鬼塚がベッドで休んでいると、軽やかなノックの音が響いた。
…小春は先ほど、家の様子を見に行っていた。
小春が戻ったのかと、鬼塚は合点をいかせた。
「はい…」
鬼塚の声に、ドアは静かに開いた。

現れた人物に、鬼塚は眼を見張った。
「あんたは…!」

「…久しぶりだね。鬼塚くん。三年ぶりかな…?
…無事に生きて帰ってきたんだね。良かった…本当に…!」
上質な濃灰のスーツを身につけ、ソフト帽を取りながら優しく笑いかける五十絡みの端正な紳士…。
…それはかつて鬼塚が憲兵隊時代に反政府人物の逮捕劇の際の銃撃戦で怪我を負わせてしまった弁護士…大紋春馬そのひとであった。

彼の妻は当時の陸軍大臣の愛娘であり、大切な娘婿に怪我を負わせたとして大臣の逆鱗に触れ、鬼塚は軍法会議に掛けられ軍曹に降格し、硫黄島への出征を命じられたのだった。

出征前夜、偶然に再会した鬼塚に大紋は真摯に語りかけた。
「君はまだ若い。こんな下らない戦争で命を落とすな。生きて帰れ、必ずだ」

…俺に撃たれて脚を引き摺る羽目になったのに…お人好しの弁護士だ…。
鬼塚はそう思った。

…しかし、硫黄島の地獄のような激戦の中、ふと彼の言葉が胸を過ったことが幾度かあった。

…「生きて帰れ。…そして、君が一番会いたいひとに会いに行け…」
その言葉を、まじないのように唱えた。

…その人物が今、鬼塚の目の前に佇んでいた。

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