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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
「…あんた…なぜここに…?
…いや…あんたも無事だったんだな…」
驚きのあまりしどろもどろの言葉しか出てこない鬼塚に、大紋は人懐っこく笑いかけた。
「東京は大空襲で火の海だったからね。私の家は幸い火の手は逃れたが、焼け出された人たちに屋敷を解放したのでね。
しばらくは千葉で田舎暮らしをしていたよ。
お陰ですっかり体力がついた。今じゃ趣味は家庭菜園だ」
屈託無く笑う大紋を呆れたように見つめる。
「…あんた、相変わらずお人好しなんだな…」
「やってみると野菜作りは楽しいものだ。
今度、君にも取れたての野菜を送ってあげるよ」
鬼塚は思わず苦笑いをした。
「あんたの家族たちは無事だったのか?」
「うん。
…息子は海軍士官になっていてね。乗っていた軍艦が爆撃されて…戦死の公報まで届いたのだが、昨年奇跡的に生還できた。
それまで妻が精神的に病んでしまったが…息子の帰国でようやく元気になったよ…。
…戦争は本当に様々な人々を傷つけ、苦しめたな…」
苦渋の色濃い横顔は、大紋のそれまでの心労を物語るようだった。
「あんたも大変だったんだな…」
呟く鬼塚に、大紋は労わるように微笑んだ。
「君こそ、本当に苦労をしたな。
…硫黄島は激戦地だったと聞く。無事に帰還したものなど数えるほどにもいない。
よく無事に生還した。本当に良かった…」
自分の無事を我が事のように喜んでくれる大紋に、鬼塚は照れ臭そうに笑い返した。
「何とかな…」
「…縣家の皆も元気だよ。あそこも空襲は免れた。
小さな女の子がいたから戦争が激しくなってからは、軽井沢に疎開していたんだ。
…でも長男だけは屋敷に残ってね…。
両親をやきもきさせていたよ」
「なぜ残ったんだ?」
大紋は目を細めてしみじみと答えた。
「…私の息子を待つためだと言っていた。
自分まで疎開したら、息子が帰還した時に探せなくなってしまうから…とね。
どんなに空襲が来ても、両親が連れて行こうとしても頑として動かなかったよ。
…二人は…親友だったんだ…」
「…へえ…」
…お貴族様は高潔なんだな…。
鬼塚は感心した。
…とっておきを口にするように、大紋が打ち明けた。
「…暁も月城くんも無事だ…」
鬼塚は、思わず視線を上げた。
…異国の白い花めいた薫りが漂う美しいひとの面影が不意に脳裏によぎった。
…いや…あんたも無事だったんだな…」
驚きのあまりしどろもどろの言葉しか出てこない鬼塚に、大紋は人懐っこく笑いかけた。
「東京は大空襲で火の海だったからね。私の家は幸い火の手は逃れたが、焼け出された人たちに屋敷を解放したのでね。
しばらくは千葉で田舎暮らしをしていたよ。
お陰ですっかり体力がついた。今じゃ趣味は家庭菜園だ」
屈託無く笑う大紋を呆れたように見つめる。
「…あんた、相変わらずお人好しなんだな…」
「やってみると野菜作りは楽しいものだ。
今度、君にも取れたての野菜を送ってあげるよ」
鬼塚は思わず苦笑いをした。
「あんたの家族たちは無事だったのか?」
「うん。
…息子は海軍士官になっていてね。乗っていた軍艦が爆撃されて…戦死の公報まで届いたのだが、昨年奇跡的に生還できた。
それまで妻が精神的に病んでしまったが…息子の帰国でようやく元気になったよ…。
…戦争は本当に様々な人々を傷つけ、苦しめたな…」
苦渋の色濃い横顔は、大紋のそれまでの心労を物語るようだった。
「あんたも大変だったんだな…」
呟く鬼塚に、大紋は労わるように微笑んだ。
「君こそ、本当に苦労をしたな。
…硫黄島は激戦地だったと聞く。無事に帰還したものなど数えるほどにもいない。
よく無事に生還した。本当に良かった…」
自分の無事を我が事のように喜んでくれる大紋に、鬼塚は照れ臭そうに笑い返した。
「何とかな…」
「…縣家の皆も元気だよ。あそこも空襲は免れた。
小さな女の子がいたから戦争が激しくなってからは、軽井沢に疎開していたんだ。
…でも長男だけは屋敷に残ってね…。
両親をやきもきさせていたよ」
「なぜ残ったんだ?」
大紋は目を細めてしみじみと答えた。
「…私の息子を待つためだと言っていた。
自分まで疎開したら、息子が帰還した時に探せなくなってしまうから…とね。
どんなに空襲が来ても、両親が連れて行こうとしても頑として動かなかったよ。
…二人は…親友だったんだ…」
「…へえ…」
…お貴族様は高潔なんだな…。
鬼塚は感心した。
…とっておきを口にするように、大紋が打ち明けた。
「…暁も月城くんも無事だ…」
鬼塚は、思わず視線を上げた。
…異国の白い花めいた薫りが漂う美しいひとの面影が不意に脳裏によぎった。