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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
医師の許可が出て、鬼塚は車椅子で病院の敷地内ならば出歩いて良いことになった。
早速、小春が張り切って鬼塚を車椅子乗せ、提案した。
「にいちゃん、桜を見に行こう!」
「桜?」
「病院の中庭にまだ満開の桜の樹があるの。にいちゃんに見せたいな…てずっと思っていたの」
鬼塚は笑った。
「いいよ。見に行こう」

…小春の言った通り、中庭には見事な枝振りの桜の樹が植わっていた。
眩しいほどに晴れ渡る春の空に、大きな鳥が薄紅色の翼を広げたような桜の花を二人は暫し、無言で見上げていた。

「…綺麗ね、にいちゃん…」
「…ああ、綺麗だな…」
…思えば、小春と花見をするなど初めてのことだ。
幼い頃から貧しい生活で、花見など考えもつかなかった。
孤児院に入ってからは尚更だ。
その日を生きるのが精一杯の毎日であった。

桜の花を見上げる小春の横顔は、桜に負けないくらいに優美で美しかった。
鬼塚は車椅子を押す小春の手をそっと握った。
「…小春、ありがとう…」
「…え?」
小春が鬼塚に貌を寄せる。
「…お前と花見が出来た。こんなに幸せでいいのか…と思うくらいに幸せだ…」
小春は甘く微笑んだ。
「にいちゃん…。これからはずっと一緒よ。
私たちはずっと一緒に暮らすのよ…。
毎年毎年、一緒にお花見ができるわ。本郷のうちには庭に見事な桜の樹があるの。
月見台から見るその桜は、それはそれは綺麗なの。
来年、一緒に見ようね。にいちゃん」

鬼塚は小春の手をそっと叩いた。
「…小春。お前の気持ちは嬉しい。
けれど、お前の家に行くわけにはいかない」

小春の笑顔が見る見るうちに掻き曇った。
鬼塚の傍らに座り込み、その手を痛いほど握りしめる。
「なぜ?岩倉もいいと言ってくれたわ。春海も楽しみにしているのよ。遠慮なんていらないのよ、にいちゃん」
鬼塚は宥め諭すように語りかけた。
「…小春。俺とお前は離れていても兄妹だ。
一緒に暮らさなくても、その絆は変わらない。
お前はお前の生活を、今まで通り大切にしろ」

「いや…!せっかく会えたのに…!私はにいちゃんと暮らしたい!にいちゃんから離れたくない…!」
小春は頑是ない子どものように、鬼塚にしがみついた。
「…小春…」

抱きとめる小春の肩越しに、背が高い白衣の男の姿が見えた。
…小春の夫、岩倉千紘であった。



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