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いつかの春に君と
第5章 いつかの春に君と
「おい、これはなんだ⁈」
生徒の教科書を取り上げ、ぱらぱらと捲っていた役人が突然大声を上げた。
郁未は慌てて駆け寄った。
「何か不都合でも…」
「これだ!天皇の名前は教科書に載せてはならんと取り決められているのを知らんのか⁈
貴様たちはまた天皇を崇めようとしているのではないか?」
突き出したそのページには、平家と源氏の歴史が説明され、当時の朝廷の関わりが載っているだけであった。
郁未は努めて穏やかに口を開いた。
「…これは歴史の教科書です。
日本には古来からの歴史があります。
歴史を学ぶことは、未来を考える足掛かりになるのです。
かつての天皇もその歴史の一つです。他意はありません」
役人は教科書を放り投げ、郁未をじろじろと見回した。
「貴様の家は公爵だったそうだな。
しかも今上天皇と縁つづきらしい。
この学校の理事たちは錚々たる面々の名前が並んでいる。
元公爵、伯爵、男爵…。その中には旧日本軍の将校もいる。
校医は帝大の医学博士ときている。
華族制度が廃止されても、まだ特権階級の栄光を誇りたいのか?
それとも…貴様らは何かを企んでいるのか?
またもや反アメリカの思想を孤児たちから植えつけようとしているんじゃないか?」
有らぬ疑惑を向けられ、二人は唖然とする。
「そんなことはありません。これは単なる歴史の教科書です」
役人は威丈高に言い捨てた。
「とにかく、このページは削除だ。さもないと、開校は認めん」
それまで黙っていた鬼塚が不意に一本歩を進め、役人を見下ろした。
そして眼鏡越しに冷たく笑った。
「…あんたの国の歴史が浅いのを嫉妬しての仕打ちか?
戦勝国の割にはセコいんだな」
役人がかっとなり、眼を剥く。
「貴様、今なんと言った⁈」
「何回でも言ってやる。あんた達が日本の教科書を墨で塗り潰す行為は、劣等感の現れだ」
「貴様!」
役人が鬼塚の襟首を掴まんばかりに激昂したその時…。
不意に教室の扉が開き、陽気な声が響いた。
「チャーリー、日本の歴史はお伽話のようなものだ。
君がかつて読んだ円卓の騎士のような長編の物語さ。
物語から戦意は生まれない。
安心しろ」
その男の貌を見て、鬼塚は眼を疑った。
「…今城少尉⁈」
男は鬼塚の方を振り向き、まるで先月出張で別れたかのように無邪気に笑った。
「久しぶりだね、鬼塚くん。
相変わらず生意気だが、とても綺麗だ」
生徒の教科書を取り上げ、ぱらぱらと捲っていた役人が突然大声を上げた。
郁未は慌てて駆け寄った。
「何か不都合でも…」
「これだ!天皇の名前は教科書に載せてはならんと取り決められているのを知らんのか⁈
貴様たちはまた天皇を崇めようとしているのではないか?」
突き出したそのページには、平家と源氏の歴史が説明され、当時の朝廷の関わりが載っているだけであった。
郁未は努めて穏やかに口を開いた。
「…これは歴史の教科書です。
日本には古来からの歴史があります。
歴史を学ぶことは、未来を考える足掛かりになるのです。
かつての天皇もその歴史の一つです。他意はありません」
役人は教科書を放り投げ、郁未をじろじろと見回した。
「貴様の家は公爵だったそうだな。
しかも今上天皇と縁つづきらしい。
この学校の理事たちは錚々たる面々の名前が並んでいる。
元公爵、伯爵、男爵…。その中には旧日本軍の将校もいる。
校医は帝大の医学博士ときている。
華族制度が廃止されても、まだ特権階級の栄光を誇りたいのか?
それとも…貴様らは何かを企んでいるのか?
またもや反アメリカの思想を孤児たちから植えつけようとしているんじゃないか?」
有らぬ疑惑を向けられ、二人は唖然とする。
「そんなことはありません。これは単なる歴史の教科書です」
役人は威丈高に言い捨てた。
「とにかく、このページは削除だ。さもないと、開校は認めん」
それまで黙っていた鬼塚が不意に一本歩を進め、役人を見下ろした。
そして眼鏡越しに冷たく笑った。
「…あんたの国の歴史が浅いのを嫉妬しての仕打ちか?
戦勝国の割にはセコいんだな」
役人がかっとなり、眼を剥く。
「貴様、今なんと言った⁈」
「何回でも言ってやる。あんた達が日本の教科書を墨で塗り潰す行為は、劣等感の現れだ」
「貴様!」
役人が鬼塚の襟首を掴まんばかりに激昂したその時…。
不意に教室の扉が開き、陽気な声が響いた。
「チャーリー、日本の歴史はお伽話のようなものだ。
君がかつて読んだ円卓の騎士のような長編の物語さ。
物語から戦意は生まれない。
安心しろ」
その男の貌を見て、鬼塚は眼を疑った。
「…今城少尉⁈」
男は鬼塚の方を振り向き、まるで先月出張で別れたかのように無邪気に笑った。
「久しぶりだね、鬼塚くん。
相変わらず生意気だが、とても綺麗だ」