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いつかの春に君と
第5章 いつかの春に君と
鬼塚の拳が弱々しく今城の胸を叩く。
「…信じるものか…あんたの…あんたの言うことなんて…」
「信じてくれ…鬼塚くん…約束する…。
…君だけに約束する…」
愛を囁くような今城の言葉が、頑なに不信感で凝り固まっていた鬼塚の心に少しずつ沁み入ってゆく。
…昔、男を亡くした日、今城はこうやって鬼塚を抱きしめ生きるように言葉をかけてくれた…。
まるで頼もしく優しい兄のように…。
その腕の温かさは全く変わってはいなかった。

「…新しいユニークな学校が設立されると聞いて、関係者書類を見て驚いたよ。君の名前を見つけて、本当に嬉しかった…。
生きていてくれたこと…。そして、前を向いて生きようとしてくれていたこと…。
それがたまらなく嬉しかったんだ…」
今城の貌を見上げる。
温かく優しい眼差しはあの時のままだ。
「…あの地獄のような戦争を、よく生き延びたな。
偉かったな。大佐はきっと、天国で喜んでくれている」
男の名前を口にされ、鬼塚は今城の腕を振りほどいた。
…不快だったのではない。
少し、照れ臭かったのだ。

「…よせ…」
今城は以前のような人懐っこい眼差しで鬼塚を覗き込んだ。
「…眼鏡にしたのか。良く似合っている。
アイパッチの君もとてもセクシーだったけれどね」
…相変わらず変なやつだ。
鬼塚はそっぽを向いた。
「…うるさい」
そんな鬼塚を見守るように目を細める。
「昔の君は、愛の迷い子のようだった。愛するひとを失い、暗闇を闇雲に彷徨っているような…。
だが今は違うね。…愛するひとに巡り会えた温もりを感じる」

それには答えず、意趣返しのように尋ねる。
「あんたはどうなんだ。…確か、恋人とアメリカに逃亡したのだろう?恋人は?日本に来ているのか?」

今城の柔らかな横顔が不意に固まる。
傍らの桜の木を見上げ、淡々と答えた。
「…終戦の数日前だった。
乗り込んでいたアメリカに向かう軍用機が撃墜され、亡くなったよ。
…僕らは別々の任務に就いていて…僕は先に亡命していたんだ…。
…機体は太平洋上に墜落したらしい。
もちろん遺体すら確認できてはいない。
…だから未だに、ふっと僕の目の前に現れるような気がしてならない…」
それっきり口を閉ざした。

…そして、もう一度八分咲きの桜を見上げ、そっと呟いた。
「…日本の桜は、美しいな…」





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