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いつかの春に君と
第5章 いつかの春に君と
今城の、明朗な中にはっと息を飲むほどの寂寥感に満ちた表情が思い浮かんだ…。
鬼塚は小さく笑い首を振る。
「昔の…ちょっとした知り合いだ。
ふざけたひとで、いつも戯れ言ばかり言うんだ」
郁未はほっとしたように笑った。
「…そうか…。良かった…」
それはとても可憐な微笑みだった。
鬼塚の胸が少し痛む。
庭の奥…月見台で、メイドに指示を出していた小春が二人に気づいた。
「兄様、嵯峨様、ようこそいらっしゃいました」
加賀友禅の鴇色の桜の着物を着た小春は、まるで花の妖精のようだ。…目を奪われるほどに美しい。
…最近、小春はようやく「兄ちゃん」と呼ぶことをやめた。
けれど二人きりの時は、兄ちゃんと呼ぶのだ…。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
郁未は折り目正しく、挨拶し小春に手土産を渡す。
「嵯峨様の洗足のお屋敷には見事な桜の樹がおありだそうですわね。…こんなに小さくて恥ずかしいのですけれど、せっかく満開に咲き揃いましたし…何より、学校開校のお祝いをさせていただきたくて…」
恥じらいながら微笑む小春に、郁未は首を振る。
「とんでもありません。趣きのある素晴らしい桜です。様子が実にいいですね」
「お褒めいただいて、ありがとうございます。
よろしければ庭をご覧になって下さいませ。
主人もじきにまいります。
今、お酒をお持ちしますわね。」
小春は女主人らしく、きびきびとメイドたちに指図しながら、奥の屋敷に姿を消した。
月見台に行きかけ、鬼塚は時計を見る。
郁未がその動作に気づき、声をかける。
「どうしたの?」
「…うん。…美鈴がそろそろ来るはずなんだが…」
郁未が長い睫毛を震わせ、ややぎこちなく笑う。
「…そうか…。そうだよね。…美鈴さんは君の恋人だものね…」
「…郁未…」
郁未は懸命に笑った。
「迎えに行ってあげて、美鈴さんを…」
鬼塚は暫く郁未を見つめていたが、その華奢な肩を引き寄せ、優しく抱きしめた。
腕の中の郁未が身体を強張らすのが分かる。
「…郁未。俺はお前が好きだ。お前は俺の大切な親友だ。…生涯の友はお前だけだ」
郁未が肩を震わせながら、貌を上げた。
泣き虫な郁未は、やはり涙を浮かべていた。
けれど出会った頃のように無邪気に笑うと、鬼塚の腕を解いた。
「ありがとう。鬼塚くん。忘れないよ、その言葉を…。
…さあ、行って…」
鬼塚は小さく笑い首を振る。
「昔の…ちょっとした知り合いだ。
ふざけたひとで、いつも戯れ言ばかり言うんだ」
郁未はほっとしたように笑った。
「…そうか…。良かった…」
それはとても可憐な微笑みだった。
鬼塚の胸が少し痛む。
庭の奥…月見台で、メイドに指示を出していた小春が二人に気づいた。
「兄様、嵯峨様、ようこそいらっしゃいました」
加賀友禅の鴇色の桜の着物を着た小春は、まるで花の妖精のようだ。…目を奪われるほどに美しい。
…最近、小春はようやく「兄ちゃん」と呼ぶことをやめた。
けれど二人きりの時は、兄ちゃんと呼ぶのだ…。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
郁未は折り目正しく、挨拶し小春に手土産を渡す。
「嵯峨様の洗足のお屋敷には見事な桜の樹がおありだそうですわね。…こんなに小さくて恥ずかしいのですけれど、せっかく満開に咲き揃いましたし…何より、学校開校のお祝いをさせていただきたくて…」
恥じらいながら微笑む小春に、郁未は首を振る。
「とんでもありません。趣きのある素晴らしい桜です。様子が実にいいですね」
「お褒めいただいて、ありがとうございます。
よろしければ庭をご覧になって下さいませ。
主人もじきにまいります。
今、お酒をお持ちしますわね。」
小春は女主人らしく、きびきびとメイドたちに指図しながら、奥の屋敷に姿を消した。
月見台に行きかけ、鬼塚は時計を見る。
郁未がその動作に気づき、声をかける。
「どうしたの?」
「…うん。…美鈴がそろそろ来るはずなんだが…」
郁未が長い睫毛を震わせ、ややぎこちなく笑う。
「…そうか…。そうだよね。…美鈴さんは君の恋人だものね…」
「…郁未…」
郁未は懸命に笑った。
「迎えに行ってあげて、美鈴さんを…」
鬼塚は暫く郁未を見つめていたが、その華奢な肩を引き寄せ、優しく抱きしめた。
腕の中の郁未が身体を強張らすのが分かる。
「…郁未。俺はお前が好きだ。お前は俺の大切な親友だ。…生涯の友はお前だけだ」
郁未が肩を震わせながら、貌を上げた。
泣き虫な郁未は、やはり涙を浮かべていた。
けれど出会った頃のように無邪気に笑うと、鬼塚の腕を解いた。
「ありがとう。鬼塚くん。忘れないよ、その言葉を…。
…さあ、行って…」