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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
「…妹に会わせてやろうか?」
「え…?」
驚いて見上げる鬼塚を優雅にリードしながら、告げる。
「出来ないことはない。
…お前は来年幼年士官学校に入学する。入学したら暫く誰とも面会出来ないからな」
男が言う通り、鬼塚は来年士官学校に入学が決まっていた。
男の元を離れ、寄宿舎に入る。
士官学校は大変に厳しく、貴族の子弟だろうと平民の子どもだろうと差別は一切ないのだという。
新入生の半分は、入学後一か月以内に寮から逃げ出し、最終的に残るのは三分の一に満たない…そんな過酷な学校であった。

鬼塚はあっさりと首を振った。
「いいえ。大佐」
男は眉を上げた。
「会いたくないのか?」
「すごく会いたいです。…でも、小春は…妹はやっと新しい人生を生き直して幸せになったのに…俺に会ったらきっと混乱する。戸惑う。
だから、今は会いません」
きっぱりと言い切った鬼塚を眩しいものを見るかのように眼を眇める。
「…お前は偉いな」
労わるように褒め讃えるように笑いかけられる。
「…大佐…」
じんわりと胸の中が温まるような微笑みだった。

…ドイツ女が唄う愛の唄はとうに終わり、針の音だけが無機質に部屋に響いていた。
男の手は鬼塚の腰を抱いたままだ。
…大佐の手は温かいんだな…。
ぼんやりと思う。
その温かさに息詰まるような焦れるような落ち着きのなさを感じる。
…気がつくと口を開いていた。
「…あの…。大佐が会いたいひとは…誰ですか?」

男の手がやや強張る。
しかしそれは一瞬のことだった。
恐ろしく端正ではあるが、いつものように感情を一切見せない貌のまま、乾いた声で答えた。

「…いない」
…そして、少し楽しげに付け加えた。
「その内、会えるだろうがな…。
…あの世で…」

息を呑む鬼塚の手を静かに放すと、背を向けた。
「…もう遅い。早く寝め」


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