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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
…翌日の夜も熱帯夜であった。
風はそよとも吹かずに、生暖かい女の吐息のような空気が部屋に満ちていた。

鬼塚はなかなか寝付けずに何度も寝返りを打っていた。
起き上がり、厨に水でも飲みに行こうかと思ったその矢先…。
部屋の襖が静かに開いた。

鬼塚は褥に横たわったまま、固唾を呑んだ。
…今、この家には自分と大佐しかいない筈だ。
誰が部屋に入って来ようとしているのか…。
泥棒かと身構えていた鬼塚の前に佇んだのは…。

鬼塚は思わず小さく叫んだ。
「…大佐…?」
男はゆっくりと身を屈めると、しなやかな動きで鬼塚に覆い被さってきた。
夏掛けを取り去られ、その大柄で頑強な身体が鬼塚を抱きしめる。
意味がわからずに慌てる鬼塚の見えぬ方の眼に温かいものが触れた。
…唇だと分かったその時、闇の中で男が囁いた。

「…今だけは私に服従しなくて良い。嫌なら拒め」
…男がしようとしていることが、霧が晴れるように明らかになった。

鬼塚は闇の中で光る男の瞳を見つめ、黙ってその逞しい肩に手を伸ばした。
自分から強く抱きしめる。
男の鋼のように頑強な胸板からは、やはり外国煙草の香りがした。
男が息を呑む気配が伝わった。
「…いいのか?」
鬼塚は男に分かるように大きく頷いた。

…熱いくちづけが与えられる。
キスがこんなにも生々しく濃厚で、相手の全てを奪おうとするかのような行為だと、鬼塚は初めて知った。
男のやや分厚い唇が鬼塚のまだ青さの残る唇を押し開く。
熱く肉厚な舌が少年の柔らかで無垢なそれに絡みつく。
息もつけぬほど激しいくちづけが続く。
男は鬼塚の唇を荒々しく奪いながら、身体をぴったりと重ねた。

男の夜着越しに、熱く硬く…信じられぬほど長大なものが押し付けられる。
鬼塚は身を強張らせた。
…小春を犯した神父の黒い姿が蘇る。

途端に男の動きが止まった。
静かな…優しい声が鼓膜に届く。
「…心配するな。お前を無理に犯したりしない。
…私が嫌なら今すぐ拒め」
泣きたくなるような訳の分からない感情が鬼塚を襲う。
身体の内側から沸き起こる切ないような、哀しいような…しかし甘い感覚…。

鬼塚は男を引き寄せた。
「…嫌ではないです。ちゃんと…教えてください。
俺は…もっと大佐を知りたい…」
「…徹…」
初めて名前が呼ばれ、砕けそうに強く抱き竦められる。
…鬼塚は硬く眼を閉じた。


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