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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
士官学校入学が近くなり、鬼塚は男の指示で乗馬の訓練も始めた。

教えるのは男の部下だ。
特別に憲兵隊本部の馬場で訓練を受けることが許されたからだ。
男は憲兵隊将校の中でも随一の厳しさを誇っている。
その男が、救護院から引き取った少年を養育していることは隊の中でも驚くべきことと受け取められていた。
人を寄せ付けない孤高の凄腕将校…。
それが男の専らの評判だからだ。

部下は鬼塚を興味深く観察していた。
…十四歳にしては背が高く、手足が長く、すらりとした恵まれた体躯をしている。
まず目を惹くのはその黒革のアイパッチだが、細面の整った端麗な貌に意外なほどに良く似合っていた。
孤児院にいる時に曰く付きの怪我で隻眼になったそうだが、アイパッチを付けた横顔はどこか湿った色気めいたものを醸し出していて、思わず見惚れる自分に部下は驚いた。
…妙な魅力がある少年だな…。
何というか…悪の華めいた色香がある…。
さすがは大佐の秘蔵っ子だ。
彼は納得した。

一通りのレクチャーを終え、鬼塚は一人で馬場内を騎乗していた。
鬼塚は運動神経は良いが隻眼の為、距離を測るのが苦手だ。
しかも生憎、鬼塚の騎乗した馬はその日、大層機嫌が悪かった。
悪い偶然は重なるもので、たまたま馬場の隣では射撃の軍事教練が始まっていた。
射撃の大きな音に怯えた馬が突然暴れ出し、前脚を高らかに上げ、鬼塚を振り落とした。

鬼塚の身体が宙に舞い、地面に叩きつけられる。
部下が慌てて駆け寄る。
「君!大丈夫か⁈」

…部下が抱き起こす前に、足早に駆けつけた男が鬼塚を抱き上げた。
珍しく激昂した口調で部下を叱りつけた。
「徹は隻眼だ。なぜ目を離した?」
部下は冷や汗をかきながら頭を下げる。
「申し訳ありません!」

鬼塚が困惑したように取りなす。
「大佐、俺は大丈夫です。なんともありませんから…」
それには取り合わず、男は鬼塚を抱きかかえたまま歩き出した。
「軍医に見せる。後遺症が出たら一大事だ」
「大袈裟すぎます!下ろして下さい!」
「大人しくしていろ」
男は頑として許さずに、そのまま鬼塚を抱いたまま別棟の医務室に向かった。

呆気に取られ二人を見送った部下は頭を振った。
「…あんなに感情的な大佐は初めて見たな…」
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