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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
自分の冷酷さに気づいた男が、はっとして鬼塚から離れようとする。
「…済まない。…忘れてくれ…。酷いことを言った…」
ベッドから降り、背中を見せたまま告げる。
「少し休め。…初めての乗馬訓練で疲れている筈だ」
そのまま部屋を出ようとする男に、鬼塚は背中から強く抱きつく。
男の頑強な身体がびくりと震えた。
「…いいですよ。…大佐…。俺を…大佐のものにして下さい…」
男が息を呑む気配が伝わる。
「私は…お前を愛してはいない」
辛く噛みしめるように呟いた。
「いいです。…俺も…大佐を愛しているか、分からない。
大佐が俺を救護院から引き取ってくれて、強くなる術を与えてくれて、人生を与えてくれたから…。
愛のようなものだと勘違いしているのかもしれない。
…俺が愛しているのは小春だけです。それなら、俺と大佐は同じだ…」

…亡くなった恋人をずっと愛し続ける男…。
…会えない妹をずっと思い続ける自分…。
二つの孤独な魂が重ね合っただけなのだ。
…ただ、それだけなのだ…。

「…お前はまだ子どもだ…」
苦しげに貌を背ける。
「来月、十五になります。士官学校に入ればもう大人と同等です」
…それに…。
鬼塚は男を試すようにやや悪戯めいた艶を含んだ声で続けた。
「士官学校は…同性愛が蔓延っていると聞きました。
新入生は一番に標的になると…。
俺は、知らない奴にやられるくらいなら大佐に…」
目の前の大きながっしりした背中が振り返る。
「誰がそんなことを⁈…いや、そんなことはさせない!」
怒りを含んだ猛禽類のような眼差しが鬼塚を捉える。
「お前は私のものだ…!」
掬い上げるように抱き竦められる。
噛み付くようにくちづけされる。
…勝手なひとだ…。
愛してもいないのに…。
愛してもくれないのに…。

いや、自分もそうだ。
…寂しいから…人恋しいから…このひとの側に居れば安心するから…
だから、このひとに自分を奪って欲しいのかもしれない。
鬼塚は男の熱情を込めたくちづけに柔らかく応えながら自分からベッドに倒れこんでいった。

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