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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
「…今夜はお座敷が二つあるんよ。遅くなるけど、帰ってくるけん、待っちょってよ。どこにもいかんでよ?」
美鈴はしつこいくらいに念を押し、鬼塚の黒いアイパッチにそっとくちづけると、引き戸を開け朝稽古に出かけた。

遠ざかる美鈴の下駄の音を聴きながら、鬼塚はふっと唇を歪める。
…芸者に囲われる傷痍軍人か…。
絵に描いたようなヒモじゃないか。
小さな卓袱台には美鈴が用意した心尽くしの朝食が並んでいた。
お椀の陰には真新しい札が二枚…。
鬼塚は無表情のままそれを懐にねじ込んだ。

そうして着流し姿のまま、やや片脚を引き摺りながら部屋を後にした。
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