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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
…これ…すごい高級な服だ…。
上質な黒いスーツの三揃え…。
シャツもネクタイも滑らかな肌触りで、素人目にも一流品だと分かるものだ。
スーツのタグに印字されたものは、鬼塚ですら知っているドイツのデザイナーのものだった。
姿見に映る自分を見つめる。
…似合っているかな…。
きちんとしたスーツを着たのは初めてだから、今ひとつ自信がない。
「…着られたか?」
姿見の鬼塚の背後に男の姿が映り込む。
振り返り様に、手にしたまま持て余していた濃紺のネクタイを取られる。
あっと言う間も無く、鬼塚のシャツの襟元にネクタイがかけられ、しなやかな手捌きで締められる。
「…ネクタイの締め方くらい覚えておけ。いつ何時、任務で着ることがあるか分からんからな」
吐息が掛かりそうな近距離で囁かれ、鬼塚は思わず俯いた。
「…はい…」
…もっともっといやらしいこともしているのに…こんなことで恥ずかしがってどうするんだ…。
鮮やかにネクタイを結ばれ、上着の鈕を掛けられる。
…姿見の中には、まるで上流階級の子弟のような優雅な正装姿があった。
「…とても良く似合っている。…お前はスタイルが良いから、まるで西洋人のようだな」
…耳元で甘く囁かれる。
男を見上げると、猛禽類のように鋭い眼差しが柔らかく細められていた。
「やはりヒューゴ・ボスは良い。第三帝国の制服製作を任されるだけのことはある」
洋服に無頓着な鬼塚は今まで余り気づかなかったが、男は意外にお洒落で着るものに大層拘りがあるのだった。
「…こんな高いもの…貰えません…」
…自分を養育するのに、決して安くはない費用がかかっている筈だ。
男が鬼塚に与えた教育は超一流だったし、幼年士官学校の費用もかかる…。
辞退しようとする鬼塚の髪をくしゃりと撫でた。
「お前の入学のささやかな祝いの品だ。受け取らんと怒るぞ」
「…大佐…」
二人の眼が合う。
男がゆっくりと貌を寄せる。
…くちづけされるかな…と思った刹那、男は鬼塚の額に優しくそっと唇を落とした。
静かな笑みのみを残し、言い置いて部屋を出た。
「私も着替えてくる。玄関で待て」
…こんな…優しさは卑怯だ…。
鬼塚はまだ温かな温度が残る額にそっと触れた。
上質な黒いスーツの三揃え…。
シャツもネクタイも滑らかな肌触りで、素人目にも一流品だと分かるものだ。
スーツのタグに印字されたものは、鬼塚ですら知っているドイツのデザイナーのものだった。
姿見に映る自分を見つめる。
…似合っているかな…。
きちんとしたスーツを着たのは初めてだから、今ひとつ自信がない。
「…着られたか?」
姿見の鬼塚の背後に男の姿が映り込む。
振り返り様に、手にしたまま持て余していた濃紺のネクタイを取られる。
あっと言う間も無く、鬼塚のシャツの襟元にネクタイがかけられ、しなやかな手捌きで締められる。
「…ネクタイの締め方くらい覚えておけ。いつ何時、任務で着ることがあるか分からんからな」
吐息が掛かりそうな近距離で囁かれ、鬼塚は思わず俯いた。
「…はい…」
…もっともっといやらしいこともしているのに…こんなことで恥ずかしがってどうするんだ…。
鮮やかにネクタイを結ばれ、上着の鈕を掛けられる。
…姿見の中には、まるで上流階級の子弟のような優雅な正装姿があった。
「…とても良く似合っている。…お前はスタイルが良いから、まるで西洋人のようだな」
…耳元で甘く囁かれる。
男を見上げると、猛禽類のように鋭い眼差しが柔らかく細められていた。
「やはりヒューゴ・ボスは良い。第三帝国の制服製作を任されるだけのことはある」
洋服に無頓着な鬼塚は今まで余り気づかなかったが、男は意外にお洒落で着るものに大層拘りがあるのだった。
「…こんな高いもの…貰えません…」
…自分を養育するのに、決して安くはない費用がかかっている筈だ。
男が鬼塚に与えた教育は超一流だったし、幼年士官学校の費用もかかる…。
辞退しようとする鬼塚の髪をくしゃりと撫でた。
「お前の入学のささやかな祝いの品だ。受け取らんと怒るぞ」
「…大佐…」
二人の眼が合う。
男がゆっくりと貌を寄せる。
…くちづけされるかな…と思った刹那、男は鬼塚の額に優しくそっと唇を落とした。
静かな笑みのみを残し、言い置いて部屋を出た。
「私も着替えてくる。玄関で待て」
…こんな…優しさは卑怯だ…。
鬼塚はまだ温かな温度が残る額にそっと触れた。