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いつかの春に君と
第2章 花の名残に君を想う
入学式で鬼塚と隣同士になった時、郁未は息を飲んだ。
…黒革のアイパッチ、鋭い隻眼…。
背もすらりと高く手足長くまるで西洋人のような佇まいをしていた。
姿形だけではない。
鬼塚からは郁未がこれまで出会ったことがないようなひやりとした異質な雰囲気を強く感じたのだ。

郁未は嵯峨公爵を父に持つ貴族の子弟だ。
幼年士官学校には様々な出自の少年達が入学する。
市井の選りすぐりの優秀な少年達は勿論だが家柄の良い少年は殊の外、尊ばれた。
未来のエリート将校達を養成する特別機関だからだ。
貴族の子弟や父親が軍の元帥や大将、上級将校の子弟も珍しくはない。
しかし、嵯峨家は宮家の流れを汲む公家の家柄で、歴代の当主も軍人とは無縁の家系だったので珍しがられた。

郁未は嵯峨公爵家にいる二人の兄とは母親が違った。
兄達の母親は胸の病で亡くなり、その数年後に亡くなった母親の遠縁筋の若く美しい娘が嵯峨公爵の元に嫁いだ。
それが郁未の母親だ。

二人の兄とは年が離れているし、母親との関係も良好だったので、郁未は兄達からも可愛がられた。
しかし、文武両道に優れ秀才で外交官や実業家として活躍している兄達とは違い、郁未は身体も小柄で虚弱でよく比べられた。
意地の悪い父方の大叔母などは
「お兄様方と違い郁未さんは何をなさっても今ひとつですわね。
…婉子さんが甘やかしすぎたのではないかしら?」
そう嫌味を言われ、肩身が狭そうにしている母親を何度も見た。

だから郁未は私学の中等部を卒業すると、幼年士官学校を受験することに決めたのだ。
…強く…誰よりも強くなりたかったからだ。
母親は仰天し、涙ながらに止めた。
「軍人になるですって⁈郁未さんの運動神経では、直ぐに撃たれて亡くなっておしまいになるわ!」
兄二人も呆れながら同調した。
「やめておいた方がいいな。軍隊は横暴と暴力がまかり通る不条理な場所だ。
士官学校も同じさ。郁未みたいな大人しい子が向いているところではない」
万事楽観的な父親は
「まあ何事も経験だ。やれるところまでやって見たら良いさ。…駄目なら高等科に戻って大学に進学すれば良いのだし」
と、母親を宥めた。

郁未は大変に不満であった。
…みんな僕を子ども扱いして信用してないな…。
絶対に士官学校で強くなって、みんなを驚かせてやる!

…そう奮起していた入学式で出会ったのが、鬼塚徹だったのだ。



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