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いつかの春に君と
第2章 花の名残に君を想う
「…ただ今帰りました…」
夕刻、市ヶ谷の家に帰り着くと、家の中はしんと静まり返っていた。

…誰もいない…か…。
家政婦のヤエは今日の午後からお盆休みを取っているようだ。
食堂の卓の上にはヤエの自慢の茶巾寿司といなり寿司が大皿に盛られ、蠅帳がかけられていた。
…以前、鬼塚がヤエの寿司を美味しいと褒めたのを覚えていたのだろう。
皿の脇に置かれた手紙には、鬼塚に会えないのが残念なことと、身体に気をつけるようにと愛情が込もった文章で綴られていた。
ヤエは、鬼塚の亡くなった祖母にどこか似ていて、人見知りする鬼塚もすぐに懐いたのだ。
鬼塚はヤエの手紙を丁寧に畳むと、階上へと向かった。

男は…。
…いないようだ。

憲兵隊の仕事は、盆暮れ関係ない。
緊急の報が入ると夜中だろうとなんだろうと出かけて行く。

…大佐、忙しいのかな…。
身体、大丈夫かな…。

ひんやりと薄暗い男の書斎に入る。
…あのひとの匂いだ…。

外国煙草と火薬の匂い…。
懐かしい匂いに胸が甘く疼く。
壁際に、男の黒い軍服が掛けられていた。

鬼塚は手に取り、そっと頬ずりする。
…あのひとの…匂いだ…。

ふと、男の書斎机の上を見る。
…今までなかった写真立てがあった。

…俺の写真…?
鬼塚は眼を見開いた。

その写真は、幼年士官学校に入学する前に写真館で撮られたものだった。
写真嫌いな鬼塚は抵抗したのだが、男に
「一枚くらい記念に撮っておけ」
と半ば強制的に撮影されたのだ。

幼年士官学校の制服は洒落ている。
元々、ドイツに留学経験がある初代校長が
「機能性もあり、且つ外国人から見ても引けを取らない美しく洗練されたものを」
とのポリシーから作られた。
エンブレムの付いた濃紺の詰め襟ジャケット、脚の形が強調される細身のスラックス、そして編み上げブーツ…。
それらを纏い、黒革のアイパッチを付けた鬼塚が仏頂面で写っているのだ。

鬼塚は可笑しくなって笑い出した。
…こんな写真…わざわざ飾らなくていいのに…。

そう思いながらも、嬉しく堪らない。
こそばゆいような感情にも襲われる。

…と、その時、表で車のエンジンの音が聞こえた。

…あれは…大佐の軍用車だ!

鬼塚は弾かれたように書斎を飛び出し、階下への階段を駆け降りた。



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