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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
東京に戻ってからは更に荒んだ生活を送っていた。
酒場で引っ掛けた女のところに転がり込み、金をせびる。
愛想を尽かされ叩き出される。
また違う酒場で酒を飲み、女を引っ掛ける…。
その繰り返しだ。

仕事を探す気にもなれなかったし、いっそこのまま酒に溺れ、死んでも構わないと捨て鉢に思っていた。

…鬼塚には何の目標も…信じるべきものすべてが消え失せてしまったからだ。
酒場で、浴びるように酒を飲む。
飲んでも飲んでも一向に酔いは回ってはこないのだ。

…美鈴はそんな時にふと知り合った女だ。
深川の芸者の美鈴は、ある夜タチの悪い酔客に絡まれ、連れ込み宿に引き込まれそうになっていた。
通りがかりの鬼塚を見上げた美鈴のその泣きぼくろがある今にも泣き出しそうな瞳を見た時、どういう気まぐれが働いたのか、その酔客を叩きのめし彼女を助けていたのだ。

自分の窮地を救ってくれた礼を言う美鈴に、鬼塚は黙って通り過ぎようとした。
「ま、待ってください!」
鬼塚はゆっくりと振り返った。
美鈴は泣きぼくろのあるどこか薄幸そうな貌に恥ずかしそうな…しかし勇気を振り絞った表情でこう告げた。
「…あの…うちでお茶でも飲んでいかんね?…お礼がしたいけん…」
…九州の訛りらしき言葉を発した美鈴は、とても幼く見えた。

そうして鬼塚は、浅草にある美鈴の小さな家に転がり込んだ。
美鈴は熊本の小さな村出身の女だった。
十二で遠縁を頼り、東京に出て来て深川の置屋の下地っ子になった。
よくある話だ。
十五で襟替えし、十年経ったと言っていた。
唄が得意なので小唄でよく座敷に呼ばれるが、三味線が苦手なのだと恥ずかしそうに笑った。

…美鈴のことで知っているのはそれくらいだ。
それ以上聞こうとも思わない。
聞いたところで、この女のところに長く居る気は無かったからだ。

…ただ、美鈴の目尻の下にある小さな泣きぼくろは少しだけ気に入っていた。




…俺は、何の為に生きているのか…。
今日も昼間から浅草の古い一杯飲み屋で酒を煽りながら自問自答する。

…戦争は終わった。
日本は負けた。
敗戦国となった日本は、全ての価値観が根底からひっくり返るほど変わってしまった。
…いや、勝利国によって変えられてしまった。

鬼塚は店の前の仲見世通りを行き来する人々に眼を遣る。
…鬼塚の知らない未知の日本人が、そこには存在していた。


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