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いつかの春に君と
第2章 花の名残に君を想う
盆休みと言っても特別なことをする訳ではない。
厳しい朝稽古で一日が始まることは士官学校に入る前と同じ生活だ。
庭の井戸で汗を流していると、剣道着姿の男が現れた。
「…上級生の腕を折って、懲罰房に入れられたそうだな」
鬼塚は男を見上げた。
「…はい」
男の貌に怒りの表情は微塵もなく、寧ろ愉快そうな眼差しをしていた。
「嵯峨公爵の息子を庇っての顛末だったらしいな」
「なぜそれを?」
鬼塚は喋らなかった。
郁未にも口止めをした。
…なのになぜ…。
「士官学校の射撃の教官は私の士官学校時代の同期だ。
お前が私の養い子と知り、密かに知らせてくれたのだ」
「そうなんですか…」
知らなかった。
…士官学校時代か…。
大佐にも俺と同じくらいの年齢の時があったんだな…。
士官学校…。
そこであの海軍士官に出逢ったのかな…。
…白い海軍軍服の美しいひと…。
つい、余計なことを考えてしまう。
「そいつが言うには、嵯峨公爵の息子がそっと伝えに来たそうだ。お前は上級生に乱暴されそうになっていた自分を助けてくれたのだと。だから許してやってほしいと…」
郁未の少女めいた愛らしい容貌が思い浮かぶ。
鬼塚が懲罰房を出ると、子どものようにわんわん泣いていた…。
「…あいつ…お喋りだな…」
鬼塚は溜息を吐いた。
「そいつは褒めていた。親友を助け義を通し、決して他言せず甘んじて罰を受ける…。
お前は立派な日本男児だと。帝国軍人に相応しい資質を持っているとな」
間接的に褒められて、恥ずかしくて仕方ない。
汗を拭く振りをして、貌を隠す。
「…別に…大したことじゃないです。嵯峨は人一倍虚弱だから…そんな奴を集団で乱暴するクソ野郎達が許せなかっただけです」
…俺は小春を助けられなかった…。
その痛恨の後悔が今尚、鬼塚の胸に突き刺さっているのだ。
男の大きな手が鬼塚の髪をそっと掻き混ぜる。
「お前は優しい奴だ」
「大佐…」
思わず見上げたその唇に、合わせるだけの静かなくちづけが与えられた。
厳しい朝稽古で一日が始まることは士官学校に入る前と同じ生活だ。
庭の井戸で汗を流していると、剣道着姿の男が現れた。
「…上級生の腕を折って、懲罰房に入れられたそうだな」
鬼塚は男を見上げた。
「…はい」
男の貌に怒りの表情は微塵もなく、寧ろ愉快そうな眼差しをしていた。
「嵯峨公爵の息子を庇っての顛末だったらしいな」
「なぜそれを?」
鬼塚は喋らなかった。
郁未にも口止めをした。
…なのになぜ…。
「士官学校の射撃の教官は私の士官学校時代の同期だ。
お前が私の養い子と知り、密かに知らせてくれたのだ」
「そうなんですか…」
知らなかった。
…士官学校時代か…。
大佐にも俺と同じくらいの年齢の時があったんだな…。
士官学校…。
そこであの海軍士官に出逢ったのかな…。
…白い海軍軍服の美しいひと…。
つい、余計なことを考えてしまう。
「そいつが言うには、嵯峨公爵の息子がそっと伝えに来たそうだ。お前は上級生に乱暴されそうになっていた自分を助けてくれたのだと。だから許してやってほしいと…」
郁未の少女めいた愛らしい容貌が思い浮かぶ。
鬼塚が懲罰房を出ると、子どものようにわんわん泣いていた…。
「…あいつ…お喋りだな…」
鬼塚は溜息を吐いた。
「そいつは褒めていた。親友を助け義を通し、決して他言せず甘んじて罰を受ける…。
お前は立派な日本男児だと。帝国軍人に相応しい資質を持っているとな」
間接的に褒められて、恥ずかしくて仕方ない。
汗を拭く振りをして、貌を隠す。
「…別に…大したことじゃないです。嵯峨は人一倍虚弱だから…そんな奴を集団で乱暴するクソ野郎達が許せなかっただけです」
…俺は小春を助けられなかった…。
その痛恨の後悔が今尚、鬼塚の胸に突き刺さっているのだ。
男の大きな手が鬼塚の髪をそっと掻き混ぜる。
「お前は優しい奴だ」
「大佐…」
思わず見上げたその唇に、合わせるだけの静かなくちづけが与えられた。