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いつかの春に君と
第2章 花の名残に君を想う
家政婦のヤエが休みなので、家事は鬼塚がした。
元々身の回りのことは全て自分で出来る。
士官学校に入学してからは、最下級生なので野外訓練時の飯盒炊飯などは、当番を任されていた。
だから自炊にもすぐに慣れた。
晩御飯には、ハッシュドビーフライスを作った。
西洋料理が得意な郁未に教わったものだ。
赤ワインを入れると本格的になると聞いて入れてみた。
男は一言、「美味い」と褒めてくれた。
他には特に会話はない。
静かな食卓だ。
けれど鬼塚はしみじみと嬉しかった。
…家族の食卓…て、こんな感じなのかな…。
鬼塚の生家は本当に貧しく、家族で食卓を囲んだ記憶はない。
両親は食うや食わずの貧しい生活の中で、自分達は我慢しても鬼塚や妹の小春に食事を与えてくれた。
「お母ちゃん達はええから、あんた達、食べ」
…それも僅かな稗や粟の雑炊や小さな蒸かし芋だけだった…。
だから家族全員で、和やかに食卓を囲んだ記憶はないのだ。
…自分と男の関係は何なのだろう。
鬼塚は考える。
…籍は入ってはいないが、世間的には養父と息子なのだろう。
…でも…このひとと寝ているから親子じゃない。
それくらいは鬼塚にも分かる。
けれど、恋人ではない。
…そんな甘やかな関係ではない。
…だって、このひとには愛する人がいる。
この世にはもういないのに、このひとの心を繋ぎ留めて離さない人…。
…狡いな…。
鬼塚の表情が曇ったのを見て、男が気遣わしげに眉を上げた。
「どうした?」
「…何でもありません」
和やかなひとときを壊したくなくて、首を振る。
…しかし、平和な食卓の時間はここまでだった。
緊急の報を持った男の部下が慌ただしくドアを叩いた。
表情を一変させた男は立ち上がり、口早に鬼塚に告げると、あっと言う間に去って行った。
「先に寝ていろ。戸締まりは厳重にして、決して家を出るな」
後には鬼塚だけが残された。
…ハッシュドビーフライスはすっかり冷え切ってしまった…。
元々身の回りのことは全て自分で出来る。
士官学校に入学してからは、最下級生なので野外訓練時の飯盒炊飯などは、当番を任されていた。
だから自炊にもすぐに慣れた。
晩御飯には、ハッシュドビーフライスを作った。
西洋料理が得意な郁未に教わったものだ。
赤ワインを入れると本格的になると聞いて入れてみた。
男は一言、「美味い」と褒めてくれた。
他には特に会話はない。
静かな食卓だ。
けれど鬼塚はしみじみと嬉しかった。
…家族の食卓…て、こんな感じなのかな…。
鬼塚の生家は本当に貧しく、家族で食卓を囲んだ記憶はない。
両親は食うや食わずの貧しい生活の中で、自分達は我慢しても鬼塚や妹の小春に食事を与えてくれた。
「お母ちゃん達はええから、あんた達、食べ」
…それも僅かな稗や粟の雑炊や小さな蒸かし芋だけだった…。
だから家族全員で、和やかに食卓を囲んだ記憶はないのだ。
…自分と男の関係は何なのだろう。
鬼塚は考える。
…籍は入ってはいないが、世間的には養父と息子なのだろう。
…でも…このひとと寝ているから親子じゃない。
それくらいは鬼塚にも分かる。
けれど、恋人ではない。
…そんな甘やかな関係ではない。
…だって、このひとには愛する人がいる。
この世にはもういないのに、このひとの心を繋ぎ留めて離さない人…。
…狡いな…。
鬼塚の表情が曇ったのを見て、男が気遣わしげに眉を上げた。
「どうした?」
「…何でもありません」
和やかなひとときを壊したくなくて、首を振る。
…しかし、平和な食卓の時間はここまでだった。
緊急の報を持った男の部下が慌ただしくドアを叩いた。
表情を一変させた男は立ち上がり、口早に鬼塚に告げると、あっと言う間に去って行った。
「先に寝ていろ。戸締まりは厳重にして、決して家を出るな」
後には鬼塚だけが残された。
…ハッシュドビーフライスはすっかり冷え切ってしまった…。