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いつかの春に君と
第2章 花の名残に君を想う
…夜半からは、嵐になった。
激しい風が、がたがたと硝子戸を打ち鳴らす。
鬼塚はまんじりともせずに、男の帰りを待っていた。

…大佐…遅いな…。

引き取られた時から男は時々、こうやって突然家を留守にし、一晩中…いや、数日帰ってこないこともあった。

勉強を教えに来る男の部下に尋ねると
「…大佐は今、重要な任務に就かれているから…」
と言葉を濁した。
そして、その任務から帰宅した男は荒んだような…大層疲労の色濃い貌をしていた。

あの頃は分からなかったが、士官学校に通いだした鬼塚にはそれが何を示しているのか、薄々分かって来た。
男は憲兵隊の上級将校…。
指揮官でもある。
危険分子や反政府主義者の粛清を指示するのだ…。

「お前の保護者の大佐は凄いな。冷酷非情で容赦ない。泣く子も黙る鬼の将校て言われているらしいぜ」
学校の同級生にやや羨ましげな眼差しで囁かれた。

…あの軍服に漂う火薬と…そして血の匂い…。
…その意味するところは…分かる…。
だが、深く考えないようにしている。

鬼塚は寝返りを打ち、磨り硝子越しに見える深い闇夜を見つめる。
…考えるのは、ただ男の無事だけだ。



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