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いつかの春に君と
第2章 花の名残に君を想う
…篠宮和葉の墓石には、既に花が手向けられ、まだ新しい線香も備えられていた。

男は持参した百合の花を飾り、じっと墓石を見つめた。
「…和葉は友達が多かった。…社交家で人気者だったのだ」
どこか嬉しげな口調だった。

立派な御影石で出来た墓石を鬼塚は見つめる。
…ここにあの美しいひとが眠っているのか…。
なんだか実感が湧かない。

「…和葉の生家は伯爵家だった。
士官学校に入学した時にも、ひとり他の生徒とは雰囲気が違った。華やかで優雅で…人形のように美しい貌をしていた。けれどとても親しみ易い性格をしていて…。
…私はある銀行家の私生児だった。
母は赤坂の芸者で、父親は私を認知し養育費だけを出した。
会ったことは一度もない。
母はあまり身体が丈夫ではなくて、私が士官学校に入学したと同時に亡くなった」

…男の生い立ちを聞いたのは初めてだ。
男の周りに肉親の影がないのはその為だったのか…。

「私は和葉に惹かれた。その美しさと華やかさと利発さと闊達さと…。
…和葉も私を慕ってくれた。もちろんそれは友情だと思っていた。友情でいいと思っていた。
…けれどある日、和葉は私に打ち明けてくれた。
私を愛していると…。私は驚いたが、同時に天にも昇る心地になった。
…私も和葉を愛していると確信したからだ。
私たちは…密かに恋人同士になった。誰にも知られずに…そっと愛を育んで行った…」

…男は懐に手を入れ、外国煙草を一本取り出した。
燐寸で火をつけ、唇を付ける。
一服だけして、その煙草を墓前に供えた。

…この煙草は…あのひとが好きだったのか…。
洒落たフランスの煙草…。

…いつか、街角の灯りの下で会いましょう…。
昔みたいに…。

あの甘い愛の唄も…きっとこの墓に眠るひとが好きだったのだ。

…そして、密かに男と踊ったに違いない…。
士官学校のホールで…
誰にも見つからぬように灯りを消し、月明かりの下で…
幸せそうな二人…。
踊り終わると、どちらからともなくそっとくちづけする…。

容易に想像できた。

すべては、あのひとと大佐との想い出だ。
俺じゃない…。

いたたまれない気持ちに襲われる。
鬼塚は唇を噛みしめる。



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