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いつかの春に君と
第2章 花の名残に君を想う
「…和葉は海軍志望だった。
私は当時は海軍航空部隊志望だった。飛行機乗りになりたかったのだ…」
ああ、それでなのか…と鬼塚は合点がいった。
あの写真の制服は、憲兵隊のそれではなかった。
…航空部隊の軍服だったのか…。
「…じゃあ、なぜ大佐は憲兵隊に…?」
鬼塚の問いかけに、男の端正な眉が痛みに耐えるように歪んだ。
「…私たちが海軍に配属されて一年目に先の大戦が開戦した。
…和葉は偵察の為の軍艦に乗り…レイテ沖で爆撃に遭い戦死した。
まだ二十二歳だった…」
男の貌は今、まさに恋人の死に接したかのように苦しげであった。
鬼塚は息を呑んだ。
男の恋人が亡くなっていることはずっと勘付いてはいたが、まさかそんなにも早く戦死していたとは思わなかったのだ。
掛ける言葉も見つからずに押し黙る。
男は自らに語りかけるかのように続けた。
無表情な声だった。
「…私は、和葉を喪って生きる希望を失くしてしまった。
和葉の想い出の残る海軍に居続ける勇気がなかった。
…私は…海軍を辞め、憲兵隊への転属を願い出た。
別に理由があった訳ではない。和葉の面影がないところなら、何処でも良かったのだ…。
…私は…逃げたのだよ。恋人の死から…。
若い私には、和葉の死を受け止めることが出来なかったのだ…」
…ああ、だからあんな風に歌っていたのだ。
…いつか、街角の灯りの下で会いましょう…。
昔みたいに…。
いつまでも、還らぬ恋人を待ち続ける恋の唄を…。
…今も…大佐は和葉さんを待ち続けているのではないだろうか…。
「…私は心を無にして任務を遂行した。
冷酷非道にアナーキストや反逆者を追い、捉えることで和葉を忘れようとした。残虐な行為も数限りなくした。何も感じなかったからだ。
…二十年だ。いつしか、大義の為なら何をしても心が痛まないようになっていた」
…そんなにも、まだあのひとを愛しているのか…。
鬼塚の心は更に打ちのめされる。
俯く鬼塚の方に、男が向き直る。
そして、静かに口を開いた。
「…だが、最近は私の道は間違っていたのではないかと迷いが生じるようになった。自分の信じる正義に自信が持てなくなった。こんなことは、初めてだ」
男は、様々な感情が入り混じった眼差しで鬼塚を見つめていた。
「…徹。お前に出会ったからだ…」
私は当時は海軍航空部隊志望だった。飛行機乗りになりたかったのだ…」
ああ、それでなのか…と鬼塚は合点がいった。
あの写真の制服は、憲兵隊のそれではなかった。
…航空部隊の軍服だったのか…。
「…じゃあ、なぜ大佐は憲兵隊に…?」
鬼塚の問いかけに、男の端正な眉が痛みに耐えるように歪んだ。
「…私たちが海軍に配属されて一年目に先の大戦が開戦した。
…和葉は偵察の為の軍艦に乗り…レイテ沖で爆撃に遭い戦死した。
まだ二十二歳だった…」
男の貌は今、まさに恋人の死に接したかのように苦しげであった。
鬼塚は息を呑んだ。
男の恋人が亡くなっていることはずっと勘付いてはいたが、まさかそんなにも早く戦死していたとは思わなかったのだ。
掛ける言葉も見つからずに押し黙る。
男は自らに語りかけるかのように続けた。
無表情な声だった。
「…私は、和葉を喪って生きる希望を失くしてしまった。
和葉の想い出の残る海軍に居続ける勇気がなかった。
…私は…海軍を辞め、憲兵隊への転属を願い出た。
別に理由があった訳ではない。和葉の面影がないところなら、何処でも良かったのだ…。
…私は…逃げたのだよ。恋人の死から…。
若い私には、和葉の死を受け止めることが出来なかったのだ…」
…ああ、だからあんな風に歌っていたのだ。
…いつか、街角の灯りの下で会いましょう…。
昔みたいに…。
いつまでも、還らぬ恋人を待ち続ける恋の唄を…。
…今も…大佐は和葉さんを待ち続けているのではないだろうか…。
「…私は心を無にして任務を遂行した。
冷酷非道にアナーキストや反逆者を追い、捉えることで和葉を忘れようとした。残虐な行為も数限りなくした。何も感じなかったからだ。
…二十年だ。いつしか、大義の為なら何をしても心が痛まないようになっていた」
…そんなにも、まだあのひとを愛しているのか…。
鬼塚の心は更に打ちのめされる。
俯く鬼塚の方に、男が向き直る。
そして、静かに口を開いた。
「…だが、最近は私の道は間違っていたのではないかと迷いが生じるようになった。自分の信じる正義に自信が持てなくなった。こんなことは、初めてだ」
男は、様々な感情が入り混じった眼差しで鬼塚を見つめていた。
「…徹。お前に出会ったからだ…」