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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
二人は境内の石段に並んで座った。
先ほど悪餓鬼から取り返した腕時計を少年に渡すと、彼は嬉しそうに礼を言った。
「これ、誕生日にお父様からいただいたスイスの時計なの。宝物なの。おじさん、ありがとう」
おじさんと言われ、鬼塚は訳もなく照れた。
…今までこんなに小さな子どもと近しく話したことなどなかったからだ。
ましてやおじさんと言われたことも初めてだ。
鬼塚のこの黒いアイパッチは幼い子どもに恐怖を与えるらしく、常に怯えられてきた。
憲兵隊将校の時は、あの黒い制服が人を遠ざけていた。
鬼塚に近づいて来る子どもなど一人もいなかったのだ。
…しかしこの少年は助けられた安心感からか、鬼塚に最初から心を許しているようだった。
線が細く、如何にも良家の子息然とした品の良い子どもなのに…。
…俺が怖くないのだろうか…。奇特な子どもだ…。
鬼塚はふっと笑う。
鬼塚にしてもそうだ。
子どもなど大嫌いだった。
煩くて手が掛かって礼儀知らずで…。
それなのに何故、この少年を助けてしまったのか…。
鬼塚は不思議でならなかった。
それに…
傍らの少年を見下ろす。
彼は嬉しそうに腕時計を嵌めていた。
…初めて会うのに何故だか懐かしい…。
不可思議な感情が鬼塚を包んでいた。
「…お前、名前は?」
少年は鬼塚を見上げ、答えた。
「岩倉春海です」
「岩倉…はるみ…」
「春の海…て書きます」
「綺麗な名前だな。…春海か…」
この綺麗な貌立ちの少年に良く似合っていると素直に思った。
「お前、少し訛りがあるな。…京都訛りか?」
少年は恥ずかしそうに頷いた。
「はい。先月、京都から引っ越して来たんです。お父様が東京の大学にお勤めすることになったから…」
鬼塚は眉を上げた。
「へえ。親父さんは学者様か。道理で品が良い筈だ」
…その時、参道の奥から心配げに名前を呼ぶ女の声が聞こえた。
「春海、春海…どこにいるの?」
瞬間、春海が立ち上がり叫んだ。
「お母様だ!」
鬼塚は笑った。
「良かったな。お迎えだ」
駆け出す春海を微笑ましく見送り、その刹那…。
鬼塚は隻眼を見開いた。
「…小春…!」
春海に駆け寄り、抱きしめるその若い母親は…。
…間違いない。小春だ…!
心臓が止まるほど驚き、凍りつく。
…小春が…なぜここに…⁈
…生き別れたままの妹…。最早名乗り合うことも叶わぬ妹が、そこにいたのだ。
先ほど悪餓鬼から取り返した腕時計を少年に渡すと、彼は嬉しそうに礼を言った。
「これ、誕生日にお父様からいただいたスイスの時計なの。宝物なの。おじさん、ありがとう」
おじさんと言われ、鬼塚は訳もなく照れた。
…今までこんなに小さな子どもと近しく話したことなどなかったからだ。
ましてやおじさんと言われたことも初めてだ。
鬼塚のこの黒いアイパッチは幼い子どもに恐怖を与えるらしく、常に怯えられてきた。
憲兵隊将校の時は、あの黒い制服が人を遠ざけていた。
鬼塚に近づいて来る子どもなど一人もいなかったのだ。
…しかしこの少年は助けられた安心感からか、鬼塚に最初から心を許しているようだった。
線が細く、如何にも良家の子息然とした品の良い子どもなのに…。
…俺が怖くないのだろうか…。奇特な子どもだ…。
鬼塚はふっと笑う。
鬼塚にしてもそうだ。
子どもなど大嫌いだった。
煩くて手が掛かって礼儀知らずで…。
それなのに何故、この少年を助けてしまったのか…。
鬼塚は不思議でならなかった。
それに…
傍らの少年を見下ろす。
彼は嬉しそうに腕時計を嵌めていた。
…初めて会うのに何故だか懐かしい…。
不可思議な感情が鬼塚を包んでいた。
「…お前、名前は?」
少年は鬼塚を見上げ、答えた。
「岩倉春海です」
「岩倉…はるみ…」
「春の海…て書きます」
「綺麗な名前だな。…春海か…」
この綺麗な貌立ちの少年に良く似合っていると素直に思った。
「お前、少し訛りがあるな。…京都訛りか?」
少年は恥ずかしそうに頷いた。
「はい。先月、京都から引っ越して来たんです。お父様が東京の大学にお勤めすることになったから…」
鬼塚は眉を上げた。
「へえ。親父さんは学者様か。道理で品が良い筈だ」
…その時、参道の奥から心配げに名前を呼ぶ女の声が聞こえた。
「春海、春海…どこにいるの?」
瞬間、春海が立ち上がり叫んだ。
「お母様だ!」
鬼塚は笑った。
「良かったな。お迎えだ」
駆け出す春海を微笑ましく見送り、その刹那…。
鬼塚は隻眼を見開いた。
「…小春…!」
春海に駆け寄り、抱きしめるその若い母親は…。
…間違いない。小春だ…!
心臓が止まるほど驚き、凍りつく。
…小春が…なぜここに…⁈
…生き別れたままの妹…。最早名乗り合うことも叶わぬ妹が、そこにいたのだ。