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朧_ 霞む 愛しい影
第1章 この世では 叶わぬとしても。
・
名前を呼ぶことすら 畏れられ、幾代もの間
眠らされたまま祀られていたはずの 物の怪が
山の奥で 動き始めた気配が有るという
誰もが そうは云わない
只、 獣道の様に 草木が薙ぎ倒された跡を
山で見付けた男が言うには、
熊では無く それよりも大きな存在が
通ったのかも知れぬとか
或いは、罪人が逃げ込んでしまえば
役人も追わぬという、荒れ果てた土地に在る集落で
皆殺しが起きた
偶然にも樹海に迷い 暗い森で一夜を明かし
翌る日の昼、 帰り着いた者だけが 生き残り
もうあの地には 住めぬ、罪を償わせて欲しいと
必死で郷へ降りて来た… という噂などに
一族の者であれば
蒼褪めずにはいられないだろう
最早、物の怪が何故 目醒めたかではなく
一族のうち誰が 贄と成るか
誰しもが そのことを考えている
己を犠牲にすべく 覚悟し、名乗りを上げる者が
居れば良いという話ではない
男であれ 女であれ、美しい者
そして 情念の深い者
美しいか否かは 大抵の者にも
判じ得る事なのだろうけれど
一族の者は 皆、数えで十五歳に成る時
神主が 見極めるとされている
我が子が美しい所為で 哀しむ親の
泣き声は、数年に一度 人々の胸を裂く
・
兄様が 十五、わたしは十三のとき
親を亡くしたのだけれど
兄様も わたしも
不幸にして神主の眼に適った者だ
他にも数名、知ってはいるけれど
私ほど 情念や業を隠しているとは思えない
_ _男であるにも関わらず
旅の途中 不意の野分を避けて
郷へ立ち寄られた殿に、見染められ
そののち召し上げられてから
熱く寵愛戴いてきたけれど
未だ誰よりも この胸に想うのは
たった一度きり 肌を重ねた兄様
情念の深さに 不足はない筈。
兄様は この時期、御役目で
大きな川を挟んだ街に居られるそうだから
この報せが 耳に届いてしまう前に
我が身を差し出そうと 決めた
… その為には、殿が 御不在のうちに
此処を出てゆかねばならない。
名前を呼ぶことすら 畏れられ、幾代もの間
眠らされたまま祀られていたはずの 物の怪が
山の奥で 動き始めた気配が有るという
誰もが そうは云わない
只、 獣道の様に 草木が薙ぎ倒された跡を
山で見付けた男が言うには、
熊では無く それよりも大きな存在が
通ったのかも知れぬとか
或いは、罪人が逃げ込んでしまえば
役人も追わぬという、荒れ果てた土地に在る集落で
皆殺しが起きた
偶然にも樹海に迷い 暗い森で一夜を明かし
翌る日の昼、 帰り着いた者だけが 生き残り
もうあの地には 住めぬ、罪を償わせて欲しいと
必死で郷へ降りて来た… という噂などに
一族の者であれば
蒼褪めずにはいられないだろう
最早、物の怪が何故 目醒めたかではなく
一族のうち誰が 贄と成るか
誰しもが そのことを考えている
己を犠牲にすべく 覚悟し、名乗りを上げる者が
居れば良いという話ではない
男であれ 女であれ、美しい者
そして 情念の深い者
美しいか否かは 大抵の者にも
判じ得る事なのだろうけれど
一族の者は 皆、数えで十五歳に成る時
神主が 見極めるとされている
我が子が美しい所為で 哀しむ親の
泣き声は、数年に一度 人々の胸を裂く
・
兄様が 十五、わたしは十三のとき
親を亡くしたのだけれど
兄様も わたしも
不幸にして神主の眼に適った者だ
他にも数名、知ってはいるけれど
私ほど 情念や業を隠しているとは思えない
_ _男であるにも関わらず
旅の途中 不意の野分を避けて
郷へ立ち寄られた殿に、見染められ
そののち召し上げられてから
熱く寵愛戴いてきたけれど
未だ誰よりも この胸に想うのは
たった一度きり 肌を重ねた兄様
情念の深さに 不足はない筈。
兄様は この時期、御役目で
大きな川を挟んだ街に居られるそうだから
この報せが 耳に届いてしまう前に
我が身を差し出そうと 決めた
… その為には、殿が 御不在のうちに
此処を出てゆかねばならない。