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女鑑~おんなかがみ~
第3章 初恋
このような人にあったことはなかった。
スエのことを「君」と呼ぶ人、「さん」付けで呼ぶ人、穏やかに丁寧に話す人、そんな人をスエは初めて見た。
スエの心は、孝秀お坊ちゃまでいっぱいになった。

けれど、孝秀坊ちゃまがスエに話しかけているところをほかの女中たちに見られると、いろいろと嫌味を言われることも増えたので、スエのほうから十分気をつけた。
それでも、坊ちゃまは、ほかの人には分からぬように気を付けながら、スエでも読めるようにひらがなで書いた手紙を渡したり、材木置き場の陰で立ち話をすることもあった。

そのうちに四年の月日が経った。スエは働きぶりも気に入られ、掃除や洗濯、風呂焚きなどを熱心にこなしながら、ときには新入りの女中に仕事を教えることもあった。ときおり故郷の村の口入屋が訪ねてきて、どうやら父親がスエを返してもらいたがっており、それは、今年十六になるスエを遊郭に出したいと考えているかららしい、ということが伝わってきた。

ここに奉公にくるまでは、早く遊郭にと望んでいたスエだったが、いまではこのまま女中を続けたいという気持ちが強まってきていた。
それは孝秀坊ちゃまの影響によるものであった。坊ちゃまは時々、スエを材木置き場の裏など人目のつかないところに呼び出すようになった。とはいっても、手を握ることすらせず、いろいろな話をするだけだった。

スエは坊ちゃまのことが好きになっていた。呼び出されるたびに、抱かれたいとか口づけをしたいとかいう気持ちが強くなった。スエ自身は生娘であったが、村では寺社の裏や橋の下などで若い男女がまぐわうのを見かけることもあり、生家も部屋が一つのみだったので、男女が何をするかということは早くから知っていた。
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