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女鑑~おんなかがみ~
第3章 初恋
材木問屋の家族は隠居が近いとうわさされる物静かな大旦那様、実質的に店を取り仕切る若旦那様と奥様、そして中学一年生の孝秀坊ちゃまと、尋常小学校二年生の操子嬢ちゃまだった。このほかに、材木を加工する職人が十人ほど、番頭さんをはじめとする店の奉公人が五人、女中は新入りのスエを含めて八人いた。
女中の仕事は主に、職人たちの衣服の洗濯や飯炊き、材木加工場の掃除などが中心だった。年長の女中らは奥向きの仕事、奥様と一緒に台所を手伝ったり、坊ちゃま、嬢ちゃまの付き添いといったことをすることもあった。
スエは操子嬢ちゃまのことはあまりはっきりと覚えていない。若旦那さまに連れられて加工場に入ってこられたことは数回あるが、きちんと言葉を交わしたこともなかった。
いちど「新入りのスエでございます」とあいさつをしたときには、恥ずかしそうに若旦那様の後ろに隠れながら「そうですか」と頷いたただけだった。
人見知りなのか、あるいは幼いながらにも女中などは取るに足りない存在だと思っているのか、わからなかった。
それに対し、中学に通っておられる孝秀坊ちゃまは活発で、材木置き場や店のほうにも姿を見せた。奥向きの仕事をする年長の女中には
「松さん、学校用のシャツを繕っておいてもらえるかい」
「梅さん、今度友達が来るので、応接間に茶を運んできてもらえるね」
などと用を頼むことがあった。
大旦那様も若旦那様も奥様も、女中を呼ぶときは呼び捨てだったが、孝秀坊ちゃまだけはいつも「さん」をつけて丁寧に用事を頼み、「ありがとう」と礼を言った。
ある日、孝秀坊ちゃまが、掃除をしているスエに言葉をかけた。
「君が新しく入った女中さんだね。名前はなんというのかい」
「スエと申します」
「そうか、スエさん。ずいぶん若いように見えるけれど、いくつになるの」
「十二歳です。」
「これは驚いた。義務教育は十二歳までになったと聞いたのだけれど、学校はどうしているの」
「いえ、昔ちょっとだけ行きましたが、家の手伝いもあるので、もう長いこと行っていません」
「そうなのか。僕よりも若いのに、住み込みで働くなんて寂しいことだろうね。僕では力になれるかどうかわからないが、困ったら相談してくれたらよい。では、仕事の邪魔をして悪かったね。失礼するよ。」
坊ちゃまは、軽く帽子をとって頭を下げ、母屋のほうへ去っていった。
女中の仕事は主に、職人たちの衣服の洗濯や飯炊き、材木加工場の掃除などが中心だった。年長の女中らは奥向きの仕事、奥様と一緒に台所を手伝ったり、坊ちゃま、嬢ちゃまの付き添いといったことをすることもあった。
スエは操子嬢ちゃまのことはあまりはっきりと覚えていない。若旦那さまに連れられて加工場に入ってこられたことは数回あるが、きちんと言葉を交わしたこともなかった。
いちど「新入りのスエでございます」とあいさつをしたときには、恥ずかしそうに若旦那様の後ろに隠れながら「そうですか」と頷いたただけだった。
人見知りなのか、あるいは幼いながらにも女中などは取るに足りない存在だと思っているのか、わからなかった。
それに対し、中学に通っておられる孝秀坊ちゃまは活発で、材木置き場や店のほうにも姿を見せた。奥向きの仕事をする年長の女中には
「松さん、学校用のシャツを繕っておいてもらえるかい」
「梅さん、今度友達が来るので、応接間に茶を運んできてもらえるね」
などと用を頼むことがあった。
大旦那様も若旦那様も奥様も、女中を呼ぶときは呼び捨てだったが、孝秀坊ちゃまだけはいつも「さん」をつけて丁寧に用事を頼み、「ありがとう」と礼を言った。
ある日、孝秀坊ちゃまが、掃除をしているスエに言葉をかけた。
「君が新しく入った女中さんだね。名前はなんというのかい」
「スエと申します」
「そうか、スエさん。ずいぶん若いように見えるけれど、いくつになるの」
「十二歳です。」
「これは驚いた。義務教育は十二歳までになったと聞いたのだけれど、学校はどうしているの」
「いえ、昔ちょっとだけ行きましたが、家の手伝いもあるので、もう長いこと行っていません」
「そうなのか。僕よりも若いのに、住み込みで働くなんて寂しいことだろうね。僕では力になれるかどうかわからないが、困ったら相談してくれたらよい。では、仕事の邪魔をして悪かったね。失礼するよ。」
坊ちゃまは、軽く帽子をとって頭を下げ、母屋のほうへ去っていった。