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女鑑~おんなかがみ~
第3章 初恋
スエにとって、男を好きだと感じるのは孝秀さまが初めてだった。
孝秀さまが傍を通ると胸が高鳴ったり、どこかで偶然会うことを考えると髪や着物も小ぎれいに整えたりする…そんな気持ちを初めて経験していた。

これまでは、少しでも貧しさから抜けたい、ということしか考えていなかった。
これまで生娘でいたのも「お前のようなきれいな娘は、早く大きくなって女郎になったら初物を高く買ってもらえるぞ」と近所の男らに言われていたからに過ぎなかった。
だから、材木問屋で職人の男たちに言い寄られると、
「ここの年季が明けたら遊郭へ行って、初物は山持の旦那様に高く買ってもらうんだから駄目だよ」とかわし、その代わりにと言って物陰に誘って、口で男たちの性欲を受け止めてやっていた。

だから今、大好きな孝秀さまが、遊郭を「ふしだら」で「卑しい」と言ったことにスエは混乱した。けれど孝秀さまを好きな気持ちは抑えられないと思った。
孝秀さまがスエの肩に手を置いたことでその思いが爆発した。
「孝秀さまが好きです。どうか、一度でよいので私を抱いてください。今日一日だけでも私を、若旦那様のお妾さんにしてください」
女のほうからこんなことをいうのは恥ずかしかったが、孝秀さまはもうすぐ家を出て寄宿舎に入る、という話を聞いていたので、後先を考えることができなかった。

孝秀さまは、スエの肩を強く抱きしめた。しかしそれ以上のことはせず、身体を離し
「本当はずっと、こうして抱きしめていたかったんだけれど」と、肩に手をかけたまま、距離を置いて語り続けた。

「妾だなんて、そのようなことを言ってはだめだ。そのようなものは野蛮人の陋習だ。
近代的な文明国では一夫一婦を守らねばならない。

君が僕を好いてくれるのはとても嬉しい。
僕も君のことが好きだ。いつも明るくて、気が利いて、陰ひなたなく働く君が、美しいとずっと思っていた。
だから、高等商業を卒業したら君を妻にする。反対されるかもしれないが、なんとか両親を説得するつもりだ。だから、結婚の日までは、互いに純潔を保つことにしよう。それまで、どうか待っていてほしい。」

スエは孝秀さまの言葉に圧倒されて、混乱したまま立ち尽くした。「ろうしゅう」も「いっぷいっぷ」も「じゅんけつ」も、生まれて初めて聞く難解な言葉だった。
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