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女鑑~おんなかがみ~
第3章 初恋
孝秀さまの言葉は、まるで見知らぬ国の言葉のようであったが、それでもその柔らかい声色と、真っすぐに見つめる眼差しの優しさにスエは夢中になった。
これまでにスエの身近にいた男たちはみんな浅黒い肌をしていたが、孝秀さまは色白で指先も女のように綺麗だった。

材木問屋の職人たちも、村の男たちも、スエを見ると卑猥な言葉をかけた。スエはそれらを適当にかわして、あしらって、適度に応えてやることにすっかり慣れていた。女中部屋で同輩の女中たちが噂する男たちも、女を見れば交わることしか考えていないというのが当然で、それに対して特に嫌悪感も何もなかった。
 それなのに、孝秀さまは、目の前で女が抱いてくれと望むのに、それを断り、しかし、将来は妻にしたいなどと現実味のないことを言うのだ。
男に求められ、追われることに慣れているスエにとって、女のほうから求めているのに離れようとする男、しかもスエを嫌うのではなく、結婚などということを言い出す男というのは、初めて目にする生き物だった。

スエにとっては、将来にも結婚にも興味がなかった。今、この美しい男と離れたくない、今すぐに掴まえたいという、自分でも予想しないほどの気持ちの高ぶりを感じた。

スエは衝動的に、その場にしゃがみ込むと孝秀さまの腰に抱きつき、袴のひもをほどいた。そして中にあるものが固くなっているのに気づいた。異次元の生物のように思われた孝秀さまもまた、男なのだと思うと、妙に安心した。

スエは、それを手で探って握り、そして口に含んだ。
「な、何をするんだ」
頭の上で、乾いた声がした。

これまでは、遊郭へ身売りしたときに初物を金持ちに高く買ってもらえれば、と思って生娘のままでいたのだ。けれど、初めて好きになったこの男が「卑しい」だの「ふしだら」だのと嫌うのであれば、遊郭へなど決して行くものか。
私の初物はこの孝秀さまに差し上げるのだ。決めた。

スエは、本当に夢中で、舌と喉を動かした。こうすれば、孝秀さまに・・・。
そう思ったとき、スエは頬に強い衝撃を感じ、気が付くと尻もちをついてひっくり返っていた。

「馬鹿野郎、君はなんとふしだらなふるまいをするのか。恥を知れ」
一瞬だけ息を荒くし始めた孝秀さまは、手早く袴を整え、砂を蹴り上げながら立ち去った。
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