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女鑑~おんなかがみ~
第15章 幻滅
佐伯は,語り続けた。
「そんなときに,事件が起こりました。
級長をしている児童が,学校の物置が大変だと言って私を呼びにきたのです。
私が駆け付けたとき,群がっていた男児数名,すべて五助の子分らが,蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。
物置に足を踏み入れた私は,卒倒しそうになりました。
あろうことか,百合子が着物をほとんど脱がされ,辛うじて腰巻だけが残った状態で足を開かされて柱に戸棚に括られていました。そして五助が,百合子の下腹部に顔を近づけていたのです。

こんなときに何を優先的にすべきか,私はほとんど頭の中が真っ白になっていました。
まず,五助の首を掴んで突き飛ばしました。そして自分の上着を脱いで百合子の腰に被せ,乱雑に脱がされてあった着物を彼女の肩から胸に掛けました。
それから五助の肩を掴み,力の限り殴りました。
日ごろから体罰否定を主張していた私が,学校で生徒を殴ったのは,後にも先にもこのときだけです。
私は怒りにまかせて,五助がしりもちをついて倒れたあとも殴り続けました。
そのとき,後ろでか細い声が「もうやめてください」と言いました。私の上着で胸元を隠した百合子でした。

それでようやく我に返り,まずは縄をほどこうとしました。
あいにくハサミも包丁もなく,この場を離れて教員室に取りに行くこともできず,夢中でほどこうとしたができず,結び目に歯を立てても甲斐なく,私は焦りました。
そのとき,さっきまで私に殴られてひっくり返っていた五助が,バカにしたような顔で起き上がり,懐から小刀を出して手際よく縄をほどきました。
ほっとしたあまり,一瞬,「ありがとう」と口から出そうになり,あわててやめました。
本来なら,学校に刃物を携帯していたことを咎めるべきでしょうが,それもできません。
事件を未然に防げなかったことへの後悔,自分は教師失格だという思いのなか,適切な言葉が思いつきません。
「五助,・・・・・お前は・・・何ということを・・・・これは重大な犯罪だ」
しかし五助は笑いを浮かべながら「傷物にはしておりません,心配ご無用です」と言い放ったのです。
なんという恐ろしい十歳だろうかと私は背筋が凍りそうになりました。

そのとき,脱がされた着物を何とか自分で着た百合子が,乱れた髪を整えながら言いました。
「先生,お願いします。私の親や,ほかの先生方には内緒にしてください」
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