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女鑑~おんなかがみ~
第5章 悪意
操子は英和辞典の箱に詰め込まれている包みを引っ張りだした。
何か固く手に当たるものがあった。

後ろめたさはあったが、再び封をしたらわからないだろうと思い、
包みを開くと、美しい髪留めが転がり落ちた。
操子の女学校では二年生以上で髪を結うことが認められており、
大き目の髪留めが流行していた。

この髪留めが自分のものではないことへの失望から、どす黒い感情が湧き出してきた。
操子は、そのどす黒い感情に突き動かされて中の手紙も開いた。
「スエ ドノ
オゲンキ デスカ
神戸ハ ウツクシイ マチ デス
イツカ キミト アルキタイ デス
神戸ニテ キレイナ カミカザリ ヲ ミツケマシタ
スエ ドノ ガ コレヲ ツケタ スガタヲ 見タイ
ハルニ キミト ヤクソクシタ トオリ
ナツヤスミニ カエッタトキ
キミ ニ ケッコンノ モウシコミヲ シマス」

操子は一気に疲れと脱力を感じた。
この包みを元通りにして再び封をし、あまり近づきたくない木材加工場へ足を運び、数多の使用人のなかからスエという娘を探し、これを手渡す、しかも、両親やほかの使用人には秘密裡にそれを行う、そのような気力も意志も湧き出してこなかった。
その代わりに湧き出してきたのは、明らかに悪意であったが、この悪意は正義という衣に包まれていた。

操子は、お父さまを呼び、その手紙を手渡した。髪留めについては「気づいたときには包みが破れて外に出ていた」とうそをついた。
お父さまは、かなり怖い顔で手紙を見ておられ、思い出したように「髪留めはお前がもらっておけばよい」と仰った。

夕食の後でお父さまは、
「件の女中には暇をとらせた。今日は操子の正直のおかげで助かった。」
と仰って褒美としてチョコレートをくださった。
操子は部屋に戻ってチョコレートを食べたが、外国産だというそれはねっとりとした甘さが口に残り、美味しいとは思えなかった。髪留めは、ようやく三つ編みのおさげができるようになった操子には大きすぎ、つけるたびにするすると外れたが、操子はそれでも自分の髪を引っ張りながら、髪留めをつけようと奮闘した。
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