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女鑑~おんなかがみ~
第5章 悪意
その後、幾度か操子のもとには孝秀兄さまからの封筒が届いたが、操子はそれらを自分で開封せず、お父さまに手渡すようになり、自分では読みもしなくなった。

そして夏休みに入ったばかりの日、孝秀兄さまが帰省してきた。
兄さまは、家に帰ってくるなり、店先のほうへ周り、
「スエさんはどこだ」
と大声で叫んだものだから、職人たちも飛び出してきて、ちょっとした騒ぎとなった。

ようやく母屋に帰ってきた孝秀兄さまに、お父さまは
「あの娘はいろいろと風紀を乱すところがあるし、実家のほうもいろいろ事情があるようなので、暇を出して別の奉公先を紹介した。
それよりも、お前に縁談がある。
十八ならそろそろ結婚を考えてもよい年だ。」と話し始めた。

お兄さまはそれを無視して再び材木の加工場に向かい、働いていた職人たちに片っ端から襟首を掴んでは、
「何か知らないか」と問いただした。
その姿はまるで駄々をこねる子どものようであり、学業優秀、眉目秀麗と評判高い十八歳とは思えなかった。
ほとんどの職人は知らぬ存ぜぬで通したようだが、以前から親しかった職人が見かねて知っている限りの情報を伝えたらしかった。

お兄さまは、激高するのと同時に涙も流しながら母屋のほうに戻ってこられた。
そして二階にいた操子を大声で呼んだ。
操子のなかで、生来の性質である勝気が頭をもたげた。
幼い日にお兄さまとかるた遊びをして、なんとしても得意の札だけは取ろうと無我夢中になったときのような気持ちの高ぶりを感じた。

ようやく伸びてきた髪を自分で結って、例の髪留めを目立つように付けて化粧をした。
そして大きく深呼吸をしてからお兄様の前に立った。

「お兄さま、お帰りなさいませ。神戸はいかがでしたか。」
振り向いたお兄様の顔が、みるみるうちに蒼白になっていった。
動じてはいけないと思って操子は笑顔をつくり、さっき考えて覚えた台詞を言った。
「お兄さま、きれいな髪留めをありがとうございます。
女学校へつけていったら、お友達に自慢できますわ。」

お兄さまはしばらく黙っておられたが、やがて押し殺した声を絞り出すように
「お前が善意だと思いこんでいる行いが、ひとりの女を苦界に陥れたのだ。
お前は優等生のつもりだろうが、お前の腹は毒蛇と同じだ。忘れるなよ」
と仰った。

お兄さまはその夜、家を出て行かれ、それきり行方不明となった。
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