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女鑑~おんなかがみ~
第6章 布団
五月のある日、若槻輝虎は突然、倉持猛に呼び出された。

倉持猛が若槻を呼び出すのは、ほぼ決まって、後ろ暗い仕事を頼むときであった。
これまでには、木材の加工場や倉庫を拡張するために近隣の百姓を強引に立ち退かせるときや、作業中に木材が倒れて職人が死亡したときに、補償を最小限に済ませようとするときなどに若槻は突然呼び出されていた。

若槻は、あることをきっかけに官職を辞し、その後は持ち前の情報収集力で手広く商売をし、特に先物や株の売買に詳しく、外国の情勢にも明るく、同時に、通常よりも高金利での金貸し業も行っていた。
彼が倉持木材を知ったのは大正の終わりごろ、世間が欧州での対戦による好景気に沸いていたころだった。倉持木材が以前から商っていた良質の木材を輸出するにあたって、助言をするようになったのがきっかけであった。
そのなかで、当時は若旦那と呼ばれていた猛が冒険好きの男であり、馬が合うことを知った。ただ馬が合うのと、人間として信頼や尊敬を置くのとはかなり異なるのだということも十分わかっていた。

倉持は若槻と酒を飲むといつも決まって「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という諺を繰り返し、自分がいかに危ない橋を渡りながらも成功する力を持っているか、ということを自慢した。
若槻は皮肉のつもりで「私は輝虎という虎ですから、虎の穴で大口を開けて獲物をお待ちします」と言ったら、倉持は「ヤクザ者の虎に餌を与えるのも一興だ」と返した。この男は自ら虎穴に入るつもりなど毛頭なく、虎穴に適当な餌を放りこむだけであった。

虎穴で待つ若槻にとって倉持は価値のある「友人」であった。彼は、婿養子として材木問屋を任され、先代が隠居するのを待ちかねたように、骨董の壺や書画を若槻を通して手放し始めた。若槻には、倉持が物の値打ちなどに全くの無頓着であることが瞬時に分かった。

若槻が倉持との付き合いを続け、汚れ仕事ばかりを押し付けられても笑って引き受け続けるのは、自分が虎穴の奥で待てば、さらに良い餌が転がってくることが期待できたからであった。

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