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女鑑~おんなかがみ~
第7章 離心
千丈の堤も蟻の一穴からという。千丈の堤には程遠い、三十数名の従業員を抱える程度の材木問屋にとって、一人の若い女中に暇を出すということは、当然蟻の一穴よりは大きな穴であると考えられるが、常に強気な大旦那の倉持猛は、「風紀を乱す女中」の一人や二人をどうしようが、そのようなことが経営に影響を与えるとは考えていなかった。
最初の騒ぎは職人たちの間で起こった。
材木を運んだり切ったりという力仕事の多い職人たちが、突然にスエが暇を出されたことに対して、不満を持つようになった。まず、住み込みの職人らに供される三度の食事や、作業着の洗濯や繕いが、明らかに以前より粗雑になったという不満が上がり始めた。
一部の女中らは、職人がスエを恋しがるのは、スエがこれまで一部の職人の求めに応じて口淫を行い、作業場の風紀を乱すことによって、職人に取り入っていたためだろうと考えたが、実際のところ、そのような恩恵にあずかっていたのは職人のうちごく一部であり、その恩恵にあずかったがどうかにかかわらず、職人たちはみんなスエのことを好ましく思っていた。
やがて、スエが若旦那様とできていたのだ、という噂が、今度は女中たちの間から流れ始めた。井戸のそばで若旦那様から手紙をもらっていたとか、若旦那様に迫っているのを見たとかいう噂も流れた。
だが、この噂に対してさえ、職人たちも女中たちも、多くは好意的であった。
「あのスエちゃんが、ここの若奥様になるんだったら、俺はもっとしっかり働くぜ」
「今の奥様って、着飾って出かけてばかりで我々の顔なんか見たこともねえだろう。それよりもスエちゃんが若奥様になってくれて、ご苦労さんとか言ってくれたら嬉しいよな」
「若旦那様は、なんか難しいことばっかり言ってるインテリでよくわかんないけど、スエちゃんのことを好きになるってことは、おいらとも気が合いそうだよな」
「スエちゃんは器量よしで気立てもよいから、もしも若奥様になったとしても、私たち女中仲間とも仲良くしてくれるだろうね。」
このような声が、足元で起こりつつあることを、大旦那である倉持猛は知る由もなかった。
最初の騒ぎは職人たちの間で起こった。
材木を運んだり切ったりという力仕事の多い職人たちが、突然にスエが暇を出されたことに対して、不満を持つようになった。まず、住み込みの職人らに供される三度の食事や、作業着の洗濯や繕いが、明らかに以前より粗雑になったという不満が上がり始めた。
一部の女中らは、職人がスエを恋しがるのは、スエがこれまで一部の職人の求めに応じて口淫を行い、作業場の風紀を乱すことによって、職人に取り入っていたためだろうと考えたが、実際のところ、そのような恩恵にあずかっていたのは職人のうちごく一部であり、その恩恵にあずかったがどうかにかかわらず、職人たちはみんなスエのことを好ましく思っていた。
やがて、スエが若旦那様とできていたのだ、という噂が、今度は女中たちの間から流れ始めた。井戸のそばで若旦那様から手紙をもらっていたとか、若旦那様に迫っているのを見たとかいう噂も流れた。
だが、この噂に対してさえ、職人たちも女中たちも、多くは好意的であった。
「あのスエちゃんが、ここの若奥様になるんだったら、俺はもっとしっかり働くぜ」
「今の奥様って、着飾って出かけてばかりで我々の顔なんか見たこともねえだろう。それよりもスエちゃんが若奥様になってくれて、ご苦労さんとか言ってくれたら嬉しいよな」
「若旦那様は、なんか難しいことばっかり言ってるインテリでよくわかんないけど、スエちゃんのことを好きになるってことは、おいらとも気が合いそうだよな」
「スエちゃんは器量よしで気立てもよいから、もしも若奥様になったとしても、私たち女中仲間とも仲良くしてくれるだろうね。」
このような声が、足元で起こりつつあることを、大旦那である倉持猛は知る由もなかった。